美男2
~Another Story~

「あなたのために出来ること」
*59*



ミニョは、病室のドアをノックする。

「どうぞ、入って」

その返事は、蚊が鳴くような小さく細い声だった。

「こんにちは、ファランさん。」

「・・・その声は・・・ミニョさん・・・」

ファランは、ベッドから起き上がることもなく、閉じていた目をそっと開けると、ミニョの姿を目で追った。

「ちょっと寒いですけど、天気も良いので、換気のため、少しだけ窓開けますね。」

ミニョは、カーテンを開け、少しだけ窓を開けると、ベッドの隣の椅子に腰掛けた。

「ご気分はいかがですか?」

「えぇ、いつもと変わらず」

少しだけ口角あげて微笑むファランの顔は、血の気のない真っ白な顔をしてた。
真っ白で血管が浮き出ている細い腕からは、四六時中、点滴が通っていた。

「今日も、小児病棟で、ボランティアだったのかしら?」

「はい」

ミニョが、ファランの元に訪れるようになったのは、偶然的な出来事がきっかけだった。
ミニョが、この病院の小児病棟のボランティアをはじめ、何回か、病院を訪れたとき、病院のエントランスで、声を掛けられた。

「コ・ミニョさんですよね?」

その人物は、きっちりとスーツを着こなした中年の男性だった。

「えっ、あっ、・・・はい」

「突然、声を掛けて、申し訳ありません。私は、モ・ファランの秘書をやっています、ハンと申します」

ハン秘書は、ミニョに、名刺を差し出した。

「今、お時間よろしいですか?」

「あっ、はい」

ハン秘書は、病院の近くのカフェへとミニョを連れて行った。

「モ・ファランが、病を患っていることは、ご存知でしょうか?」

「はい」

「実は、モ・ファランの病状が、あまり思わしくないのです。」

「・・・そうなんですか」

「モ・ファランの病のことは、世間には、公表をしていません。が、モ・ファランは、日頃、病室で、私以外、誰とも話さず、おひとりで過ごされています。お医者様からも、ひとりで過ごすことは、あまり良くないと言われまして・・・ミニョさんもご存知かと思いますが、息子さんとは、疎遠の関係が続いてまして、残念ながら、姿を見せず、会いに来られません。
・・・もし、お力を貸していただけるのなら、モ・ファランに、会ってはいただけないでしょうか?」

ハン秘書から話を聞いて、ミニョは、すぐには、返事を出せずにいた。

「これ、モ・ファランの病室の番号です。もし、お力を貸していただけるのであれば、私の携帯に、電話をくださいますか?無理を言っているのは、重々、承知しております。すみませんが、よろしくお願いいたします。私は、お先に失礼いたします。お代は、私が、持ちますので・・・。」

ハン秘書は、ミニョに、メモを机に置くと、頭を下げ、去っていった。

ミニョは、一晩中悩み、眠れぬ夜を過ごした、その翌日、ハン秘書の携帯に電話をした。

ボランティアを終えた、その足で、ファランの病室に向かう。
緊張で、ドキドキと高鳴る鼓動を感じ、胸を押さえながら、ファランの病室のドアをノックした。

ハン秘書がドアを開け、ミニョに頭を深々と下げた。

「・・・ミニョさん、元気?会えて嬉しいわ」

久々に見たファランのは、微笑みをミニョに向けていた。
話をしていくうち、テギョンのことを聞かれ、ミニョは、顔を曇らせた。
そして、ファランは、テギョンが、記憶喪失であることを、ミニョの口から告げられ、ショックを隠せないようだった。
涙を溢し泣いているファランを見て、ミニョは、すぐに、後悔をし、唇を噛み締め、俯きながら、泣いていた。
そのとき、ふんわりと、ミニョを、ファランが、優しく抱き締めた。

「・・・ごめんなさいね。また、あなたに辛い思いをさせてしまって・・・」

ファランは、まだ、涙を溢しながらも、ミニョの頭や背中を、労るように優しく撫でた。
香水を付けなくなったファランの身体からは、温かく優しい匂いがした。

“きっと、この匂いが、お母さんの匂いなんだろうな・・・”

そんなことを感じながら、ミニョは、鼻を啜った。

それから、ミニョは、ファランの元を訪れている。
あるとき、ファランは、ミニョの両親の話をはじめた。
ジェヒョンとスジンとの出会いから、すべてを・・・。

「今だったら・・・わかるわ。あれ、愛じゃなかった。ジェヒョンさんに対するあの想いは、嫉妬から生まれた歪んだ愛だったんだって・・・。
私のせいで、あなたたちを孤児にしてしまった。テギョンのことも、深く傷つけてしまった。私は、なんて、馬鹿げた真似をしてしまったのか・・・
私は・・・
あの二人にも、ミニョさんにも、ミナムくんにも、会わす顔がないことも・・・本当に、本当に、ごめんなさい・・・謝っても、許されることじゃないと、わかってる・・・
でも、せめて、あなたにだけでも、謝らせて・・・本当に、ごめんなさい・・・ミニョさん・・・」

ファランは、咽び泣いていた。
ミニョは、ただ、黙って、その姿を見ていた。

両親とのことを、すべてを聞かされても、ミニョは、次の日も、ファランの元を訪れた。それが、今日の事だった。
ミニョが、ファランの病室を訪れるのは、ファランのためでもあったが、テギョンのためでもあった。
少しでも、ファランに生きてもらい、もう一度、テギョンに、ファランを会わせたかった。

“このまま、ファランさんに会わずに死に別れてしまったら、いつか、きっと、テギョンさんが、後悔をする日が来てしてしまうかもしれないから・・・。テギョンさんが、お母さんのことで、これ以上、傷つかないように・・・今の私が、テギョンさんに出来ることを・・・やります・・・”

ミニョは、カーテンの隙間から覗く冬の太陽を見つめた。




★★★★