「fate」

*49*

「運命」


私は、母が亡くなったあと、母が働いていたバーを探すことにした。

「あぁ、コ・ミニョさん。覚えているよ。いつも、このバーで歌っていたんだ。透明で、清らかな声の持ち主だったよ」

"コ・ミニョ"

…母の名前だ。

やっと、何軒か回って見つけた場所に、母の働いていたバーを見つけることが、出来たのだ。

そこは、ホテルのラウンジにある、ちっぽけなバーだった。

今、私は、そのバーのステージに立って、歌っている。
昔から、母を知るヒトが言うには、私の顔と歌声は、よく似ているらしい…。

そして、私も、この場所で、母と同じように、運命のヒトに出逢った。
いつも、優しい眼差しで、私を、見つめてくれている。

「良かったよ」

いつも、歌い終わると、花束を持って、私の元にやって来てくれるカレ。

カレは、私の今の境遇を理解してくれた。
寛大な心を持ったヒトで、私は、カレを、尊敬してるし、心から愛している。

冷たい雨が降る、ある日。
雨が降っているせいで、お客さんは、少ない。
今日は、仕事で行けそうにない、ごめん』と、カレからもメールが入っていた。

それでも、マイクの前に立ち、深呼吸をしながら、歌う準備をしていると、新たなお客さんが、入ってくる。
その男性(ヒト)は、私の顔を、一瞬、見ると、目を丸くしながら、ひどく驚いているように見えた。
音楽がはじまり、私は、歌いはじめる。その歌は、昔、流行っていた曲だった。
この曲を作ったヒトは、すれ違ってしまった恋人を想いながら、書いたんだろう…とても、切ない曲だった。

♪…
一歩、あなたを見送るたびに、涙が出る
一歩、あなたが離れるたびに、また、涙があふれる
手を伸ばしても、手を差し出しても
届かない場所へ
あなたが行ってしまうのに、引きとめられず
泣いてばかりの私

どうしよう、どうしよう
あなたが、行ってしまう
どうしよう、どうしよう
私を置いて行ってしまう
愛してる、愛してる
泣いて、叫んでも
あなたには、届かない
心の中の叫びだから
…♪

すべて、歌い終わり、頭を下げ、ステージを降りた。

「ミニョ…?」

母の名前を呼ぶ、その声は、本当に、小さくて、囁くような声だった。
母の名前を呼んだ、そのヒトは、さっき、私の顔を見て、驚いていた男性(ヒト)だった。
年齢は、きっと、母とそんなには変わらないだろうけど、年齢を感じさせない漆黒の髪、背は高く、スーツをきっちりと着こなしていた。

「ミニョは、母の名前ですけど…私は、娘です。」

「娘…?」

「はい。母は、3年前に、他界したんです…」

「……ミニョが……死んだ…?………ミニョ………ミニョ…………っ………」

そのヒトは、顔を両手で覆い、わなわなと身体を震わせながら、その場に、崩れ落ちてしまう。

"もしかして…このヒトが……"

人目を気にすることさえ忘れ、呻くような嗚咽を漏らしながら泣いている、そのヒトを見つめながら、私の中に、ある確信が、芽生えた。それと同時に、母との約束を破ってしまいそうな気もしていた。

でも……

「私の名前は、テファです。コ・テファ。母は、ひとりで、私を育ててくれました。」

「結婚した、と…聞いたが…」

そのヒトは、驚いたのか、伏せていた顔を上げた。
頬には、まだ、乾ききっていない涙の筋のあとがあった。

「いえ、母は、一度もしていません。未婚のままです」

「全部…嘘…だったのか…?」

「嘘…?」

「10年ほど前に、会ったんだ。結婚した、と言っていた。だから……」

「たぶん、そのときは、もう、母は、病気でした。母は、きっと、貴方を苦しめたくなかったんだと思います。"あのヒトを、苦しめたくない"と、母は、最期まで、言ったんです。私にも、ある約束をして…」

「約束…?」

「もし、アナタのお父さんだと思うヒトに出会っても、親子だと名乗ってはいけない、と…。」

「……まさか」

「貴方が、父親かどうかは、定かでは、ありません。母は、名前も教えてはくれなかったですから…。でも…なんとなくですけど……そんな気がします。もし、気を悪くさせたのなら、すみません…。でも、母が、生涯で愛したヒトは、この世で、ただひとりしかいません。母が、そのヒトを思い出しながら、話すときの顔は、とても、幸せそうでした。」

「……ミニョ」

母の名前を何度も、何度も呟く、そのヒトの頬には、また、新しい涙の筋が、いくつも流れていた。

母を思いながら、涙を流してくれるヒト。
きっと、このヒトは、母を心から、愛してくれていた。

運命によって、一緒になることも許されずに、引き裂かれてしまったふたり。
だけど、ふたりに結ばれた縁(えにし)は、消えることなく、ずっと、繋がっていたのだ。

私は、躊躇いながらも、慰めるように、そのヒトの手を握ると、キュッと、握り返された。

優しくて、暖かい、大きな手だった。



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父娘、時を経て、初対面を果たしました。
明日は、テギョンのハナシを…。
あと1話、エピローグを追加するかも…です。