「fate」

*32*

「真実」


自宅に着くと、熱いシャワーを浴び、バスローブを羽織り、頭をタオルで拭いた。
デスク前の椅子に座り、引き出しから、指輪を取り出した。

"誰か"に渡すハズだった、指輪……。

その"誰か"が、一瞬だけ、見えた気がした。

透き通るような、優しい歌声。
拙いピアノの音だった。でも、一生懸命さが、伝わってくる。

ただ、そばにいるだけで、心が落ち着く。
そんな、優しい雰囲気が、あの空間に漂っていた。

これは、夢や空想の出来事なんかではない。

オレは、きっと、その場所にいたハズだ。
ピアノを弾きながら歌う、優しい歌声の持ち主のすぐ隣で、その歌声を聴いていた。

小さな、小さな記憶の欠片かもしれない。
……でも
きっと、これが、紛れもない『真実』だ。


そして、もう、ひとつ。
明らかになった『真実』がある。

記憶を失った息子を心配している優しい母親…その裏では、息子を駒として、利用していた。

あのヒトは、オレを、いつだって、息子としては、見ていなかったのだ。

すべては、自分のため…。
自分を産んだ親を、選ぶことなど、出来ない。
オレは、この世に生まれたときから、あのヒトの駒でしかなかったのだ。
いらなくなったら、いつかは、捨てられる。
一層のこと、捨てられた方が、本望だ。

……だが、あのヒトは、きっと、オレを、手の内に入れておくだろう。
それは、どちらかが、死ぬまで…永遠に解けることのない、呪縛。


荒れ狂った波のような運命……

すべてを、乗り越えた先に……

オレが、心から本当に愛した相手に、また、廻り合い、この指輪を渡すことは、出来るのだろうか……。



★☆☆★