「fate」

*8*

「虚言」


バーに着いた頃には、歌が終わっていて、頭を下げているミニョがいた。

目を伏し目がちに、ステージを降りていく。

急いで、ミニョの元に寄る。

「悪い。間に合わなかったな…」

オレの声を聞いた途端、驚いたように、目を丸くしながら、オレを見上げている。
ビックリして、身体が固まってしまったのか、身動きひとつしない、ミニョの手を取った。自分の手に収まる、小さな手は、少し、冷たくなっていた。

「話が、したい」

そう言うと、コクコクと頷くミニョの手を引きながら、カウンター席に着いた。
オンザロックを注文する。ミニョにも、アルコール度数低めのモノを注文する。

「美味しいです」

頬を赤く染めながら、ミニョが、グラスに口を付ける。

「いつから、ココで、歌っているんだ?」

「半年前です。」

「家族は?」

「…もう、いません。母は、1年前に亡くなりました。…父は、知らないんです。歌を歌うようになったのは、母の影響が大きいんです。歌がスキで、よく、口ずさんでいましたから…」

笑みを浮かべながら、母親の思い出を語るミニョ。

真逆の環境で、育ってきたオレたち。全く、似通った部分はひとつもないのに、強く、惹かれてしまうのは、何故、なんだろう…。

いつの間にか、ミニョは、酔いつぶれて、寝ていた。
本当に、アルコール弱いんだな…。

このまま、放っておくわけにもいかず、フロントに向かい、部屋を取った。
鍵を受け取り、ミニョを起こす。

「おい、起きろ」

「……んん」

ミニョの腕を、自分の肩に担ぐ。よろめくミニョの腰に手を回す。
ミニョの柔らかい身体の感触、キュッと細い腰回りに、少しだけ、心臓がビクンと跳ね上がる。

エレベーターに乗り、ふたりだけの空間になる。
ミニョの気持ち良さそうな寝息が、首をくすぐっている。

こんな状況、初めてだ…。なんで、オレだけが、変にドキドキするんだ…。

部屋に着くと、ミニョをベッドに寝かした。

「……んん」

苦しそうに、ミニョが、背中のファスナーに手をやっている。
身体のラインがくっきりと出ているドレス姿のミニョ。

"やっぱり、苦しいんだよな…?"

「悪く思うなよ」

ミニョの背中のファスナーを下ろした。

"このままじゃ…シワになるよな…"

意を決して、ミニョのドレスを一気に脱がす。
スリップドレス一枚で眠る無防備なミニョの寝顔に、ため息が出てしまう…。

"…はぁ…お前のせいで、心臓が…もたないじゃないか!!お前…どうして、そんなに、無防備なんだよ…もう、疲れた…"

スーツの上着を脱ぐと、ハンガーに掛けた。ついでに、ミニョのドレスも、ハンガーに掛ける。

仕方なく、ミニョの横に、身を投げるようにして、寝転んだ。
ミニョと反対の方を向いて、じっと、固まったように、身動きせずに、目を閉じる。

"他人とも、一緒に寝たこともないのに…"

それでも、ウトウトと眠くなって、知らずに眠っていた。

朝、起きると、ミニョは、まだ、寝ていた。
縮こまるように、身体を丸めて、横を向いて寝ている。
無防備に開いた胸元から、柔らかそうな白い肌が見える。
ピンク色の唇を少し開け、眠る姿が、やけに、色っぽく感じ、誘われるように、唇を重ねていた。

慌てて、唇を離しても、ミニョは、眠ったまま…。

…オレ、何してるんだ?


自分のしたことに驚いて、目を覚ますため、シャワーを浴びる。

シャワーから出ると、ミニョが起きたようで、恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら、ひどく、慌てていた。

そりゃあ、そうだろな…。

その姿が、滑稽で笑ってしまう自分がいる。

コイツは、オレに、色々な変化をもたらしてくる。

他人なんて、興味なかったのに、お前だけは、気になって仕方がない。
一緒に、一晩、過ごす、しかも、同じベッドなんて、今まで無理なことでさえ、あっさり、クリアしてしまった。

「何も、なかった。」

それは、間違いなく本当だ。
でも、嘘をついた。

「何も、しなかったわけでも、ないな」

必死に思い出そうとしてる姿が可笑しくて、笑うのを堪えると、ゆっくりと、顔を近付け、口づけた。



★☆★☆