dorami のブログ

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「雅性」を身に付ける為には、動と静の趣味を持てと言われる。

「雅性」とは、“上品な心”とでも言うのでしょうか?

仏教経典に書かれている、『無財の七施』のようなものかもしれません。

・穏やかな顔で接しましょう
・やさしい目で話しましょう
・いい言葉を使いましょう
・やさしい行動をとりましょう
・心を配りましょう
・席を譲りましょう
・思いやりの心を持ちましょう

こうした小さな心がけが、

自分の『質』を創っていき考え方が変わっていく。

大人とは、苦労や我慢を避け、楽な道を選びそうになる自分に、

自分でブレーキがかけられる人かもしれません。

「面倒だからよそう」と考えるのではなく、

面倒だと思うことを自分から進んでできる人のことです。

きれいになるためには、

外からお化粧することによってなれるかもしれない。

お金をかけて整形手術を受けたり、エステに通ってなれるかもしれない。

「雅性」が綺麗になることなのか?と言われれば

それは違うのかもしれません。

どちらかというと「美しい」に近いかもしれません。

「きれい」ということと「美しい」ということは違います。

本当に美しくなりたいのなら、面倒だと思うことを進んでする。

たとえば、人様にお辞儀をするとき、ポケットから手を出す。

または、巻いているマフラーを取って、ご挨拶をする。

椅子から立つときは、椅子を元あったように戻す。

洗面所で髪の毛を落としたら、きれいに拾ってから外へ出る。

靴を脱いだら、揃えて上がる。 など。

それは、 誰かが教えなければいけないことなのかもしれません。

きれいになる方法は、

いろんなところでたくさんのお金を取って教えてくれます。

でも、美しくなることを教える人が少なくなってきたように思います。

また、以前なら当然のように言っていた言葉、

たとえば、「夜分に申し訳ありませんが」「お話し中すみませんが」

「お疲れのところを」「おかげさまで」といった

“枕詞”が人々の会話から失われつつあります。

あってもなくても同じもしれませんが、

便利な世の中は

私達から

そういう潤滑油(じゅんかつゆ)的な言葉を奪ってしまっています。

「雅性」とは、

やさしい心、美しい言葉、振る舞い、笑顔、思いやりに

あるのかもしれません。

私たちが日常生活の中で、

どれだけ面倒なことも厭(いと)わずに、

自分自身との小さな闘いをするかにかかっているのかもしれません。

「雅性」とは、決して上品ぶることではなくて、

面倒なことも喜んでする美しい心根が作り出すものなのかもしれません。

「雅性」とは、何十年と時間をかけて育てるモノのように思います。