「鳩が豆鉄砲を食らった」という例えがあるが、オットはまさにそんな顔をした。
ぽかーんと言うか、ぼうぜんと言うか、呆気にとられた表情だ。
あれだけ言っておいて、その虚を突かれた表情はなんなんだよ。
ワタシが柔順に頷くとでも思っていたのか。
「三行半を突きつけるのかよ。オレをこんな病気にしておいて」
「あのさー。あんたって、さっき人のことをさんざバカだのルーズだの口うるさいだの卑怯だのって言ったでしょう。そんな嫌な女と一緒に、顔つきあわせて生きてくのなんか不愉快でしょう。あんたはワタシより、もっと若くて素直な女を結婚したほうが幸せになれるって。だから、あんたの心を鬱陶しくさせるその原因を取り除いてあげようって言ってるのよ」
先ほどとはうって変わって、うなだれるオット。
そして鼻をすすりながら、コブシでテーブルを叩く。怒りに任せてではなく、やりきれないといった風に。
「この家、ワタシはずっと頑張って繰り上げ返済をしてきたから、もう来年にはローンがなくなる。そうしたら処分もできるし、精算してすっきり身軽になろう。あんたも軍資金が出来たら楽になるでしょうが。ま、今日は酔ってると思うから、改めてシラフの時にきちんと話をしよう」
そう言うワタシに返事をせず、テーブルに突っ伏してしまった。ワタシは放っておいて風呂に入る。
あぁーせいせいしたっ
しかしこれで、すんなりと事が運ぶわけはないだろう。まだ一悶着、いやそれ以上あるかもしれない。それまでにしっかり地力をつけとかなきゃな。
そう思いながら雑誌を読んで長湯をして上がると、オットはもう布団をかぶっていた。
翌日のオットは、機嫌が悪いと言うより元気が全く無い。ひたすら落ち込んでいるといった体である。雨が降っていたが散歩へ行き、その後メンクリへ。何を相談してきたか知らないが、安定剤をもらって帰り、昼食にそばを作って食べていた。
ワタシが台所へ下りると、もう一人分そばが用意してあった。でも、ワタシが無視して昨夜ほとんど食べなかったオムライスの残りを出して食べ始めると、
「それ、あんたの分だから」
と言う。おっ、今日の呼び名は「お前」じゃなく「あんた」だよ。
「そんなの言って貰わなきゃ分からないよ。どっちにしろ、こっちを先に片付けなきゃね」
とかまわずオムライスを食べていると、悲しそうな顔をするオット。
しばらくして用事があったのか家を出て行き、夕方帰ってきた。
今日のワタシは、趣味の習い事がある日だ。
思いっきり他人行儀に言ってみる。イヤミたっぷりなワタシ。
「今日は○○の日なので、行かしていただいてよろしいでしょうか?」
「行ってきてください」
後でぐじぐじ文句を言われないように食事の用意はしておいたし、昼のそばは海苔で巻いてそば寿司にしておいたし。いつもなら帰ってから食べるところだが、また遅いとかお前を待っていてとか言われたかないので
「お腹が減って待てなければ先に食べておいて」
と言って出かけた。
帰ると、本当に先に済ましてある。そういうヤツである。もっともワタシも一人で食べるほうが気が楽だし願ったりだ。この日もオットは食事を済ませてすぐ寝たようで、ワタシが戻った午後8時半にはすでに布団に入っていた。
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