ワタシはやり残した仕事があったんだけれど、神経がとがっているせいか集中できない。下で寝ているオットのことも気になる。イビキは聞こえるけれど、このまま朝まで放っておいたら風邪引くんじゃないか・・・そういう気遣いがアダになるとわっ。
1時間ほどして台所へ降り、オットを揺すり起こした。
「2階へ上がって布団で寝たら」
ガシガシゆすり、頭をたたき、服をつかんで多少手荒な起こし方をしたのは事実だけど・・・オットは起き上がり、トイレへ行くと言った。
この状態では、おそらくこの前のトイレビタビタ事件みたいになるだろう。それは目に見えている。1階のトイレはハハが主に使っているので、あとで掃除をさせるのは可哀相だ。ただでさえ、さっきの騒動を心配そうに覗いてたのに。
だから
「2階へ上がってからしたら」
そううながしたんだけど、オットは納得せず。フラフラヨロヨロの足取りでトイレへ行き、長い時間をかけて用を足していた。小のはずなのにトイレットペーパーをカラカラ言わせる音が聞こえてきたから、たぶん今ごろ、床は小便まみれになっているだろう。
そして、トイレから出てきたオットは突然こう言った。
「お前は、自分が悪いと思ってないんだな。だったらオレが悪いのかよ」
同じ言葉を何度も繰り返す。
たぶん、ワタシがお遣い物のことで文句を言ったことがまだ引っかかっているんだろう。そして家出して戻ってきたとき、ワタシが謝らなかったのが気にくわないのだろう。ワタシ的には、メールで謝ったつもりだったんだけれど。
「話が分からないよ」
そう言うと、キレた。
そこら中の柱や壁を殴りまくり、犬用の水トレイを天井めがけてぶちかまし、大声で怒鳴った。
「分かったから、もうやめて」
「何が分かったっていうんだよ」
やりきれない思いで雑巾を手に、水浸しの床を拭いていると、ハハが部屋から出てきた気配がした。そしてトイレの扉を開ける音がして、「うわっ」というようなうめき声が聞こえた。それから、掃除をする音が聞こえてきた。やはり、相当ひどいことになっていたんだろう。
しばらくして掃除が終わったのか、ハハが台所まで出てきた。そしてオットに
「もう遅いから、やめて」
これまた火に油。
「うるさいっ、夫婦ゲンカなんだからほっといてくれっ。お前はもう寝ろっ」
「おーこわい。心臓が破裂しそう」
そう言いながら部屋へ戻るハハの背中に
「そんなこと言って本当に死んだヤツなんかおらん。たいそうに」
と悪態をつく。それからもさんざわめいたあげく、ワタシの首根っこをつかんで振り回した。こういう修羅場って、不思議と恐くないよね。
「やりたきゃ、やれば」
オットの目を見据えてそう言うと、オットは「いまいましい」という表情をしたけれど手を放し、冷蔵庫やキッチンの扉、シンクのパネルなどそこら中を蹴ったり殴ったり。ドシン、ガツンという音が家中に響いた。
暴れるオットを見ていると、もう面倒なので
「ワタシが悪かったから、ごめんなさい。これからはあんたの言うとおりにするから。家のことでルールを決めたら、それを守るから。でも、もし忘れていたら言ってよねって」
「なんだ、その物言いは。反省なんかしてないんだろう。お前のその目つきは、オレをバカにしている」
ますます怒るオット。顔つきは険しく、目はイッている。狂ってるとしか言いようない雰囲気である。
努めて冷静に、とにかく折れておいたけれど、オットにとってはそういう態度がなおムカついたのだろう。
両手でワタシの髪の毛をつかんで左右に引っ張り、顔を真正面に見据えて
お前はルーズだ、だらしない。自分が決めたことを守れない。使われたくないものにはそう表記しとけって言ったのにやらない横着者だ。それなのにオレだけを責める。この家はお前のそういう勝手気ままで動いている。オレはずっとガマンしてきたのにお前は反省しない。どいつもこいつもオレをバカにしている。何でもオレが悪いって言うのかよ。
・・・・などなど。途中で「本当にもうやめて」と出てきたハハにも悪態をついて30分ほどどなり続け、エネルギーが切れたのか、がっくりと手を放して2階へ上がった。
ヤレヤレ、終わったか。と思ったのも束の間。上着を羽織って降りてきた。
なんでーーーーーそのまま寝ろよっ
それからまたストーブの前に陣取り、タバコに火を点けた。
ワタシは無言で濡れた雑巾を洗い、絞って2階へ干しに上がった。
もう、下へは戻るもんか。
そのまま布団に入る。
オットはしばらくタバコを吸ってお茶を飲んでいたようだが、程なくイビキが聞こえてきた。また床に寝っ転がってるに違いない。でも、今度は起こさないぞ!
この日は、まったく仕事をする気になれず、そのまま布団に潜り込んでしまった。
もうくたくただが、目が冴えてなかなか眠れなかった。