「お前が忙しそうにしているから、作ってやったのに」
「いや、作ってくれたことには感謝するけれど、同じ作ってくれるのなら、どうして今日の予定を聞いてくれなかったの?今日食べるつもりの材料は、全部ここに置いてあったんだし。わざわざ冷蔵庫から包みを出して使わなくたって」
「リンゴがいつまでも置いてあったから、それを使わなきゃいけないと思ったんだよ。第一、オレは自分で食いたいものも選べないのかよ」
「リンゴはいつもジャムとかにしてるの、知ってるじゃない。それに、数日前にあんたがいる前で、今度は『アップルパイを作るわ』って言ったでしょ」
「知らない、聞いてない」
ワタシが言ったことで、覚えていなければ、こうだ。
そもそも、なぜリンゴを使うのに料理がオムレツか、という疑問も残るが。
冷蔵庫に入れて置いたのは、二日後の宴会に持っていくつもりだった物。10日前に買ってレジ袋に入れ、冷蔵庫の奥に仕舞っておいたのだ。そのうち、1個が使ってあった。3人にあげるつもりだったので、1個欠けては具合が悪い。
「今度の集まりで、お土産にしようと買っておいた物なのに・・・」
「そんなに大事な物なら、『食べるな』と書いて貼っておけ。オレはなにも聞いてなかったんだから」
「だから、使う使わないより前に、一言聞いて欲しかったって言ってるんでしょ」
「オレが飯の支度をしちゃいけないのかよ」
「誰もそんなことを言ってないってば。作ってくれるのはありがたいよ。でも、いつも先にお風呂へ入るのに、どうして今日に限ってご飯の支度なんかしてくれたの?それと、材料をこれだけ並べておいたんだから、わざわざ冷蔵庫の中の物を出して使わなくても…」
「そんなことも、オレの自由にならないのかよっ」
「違うって、そんなことを言ってるんじゃ。わかった、わかった。もういい。包みに用途を書いておかなかったワタシが悪うございました。週末には、また別の物を買って間に合わせますから」
何を言っても堂々巡りするだけだし、お遣い物だと書いておかなかったことを追求されればワタシにも非はある。だから、ちょっとイヤミっぽく応えた。
するとオットは、眉間に深い深いシワを寄せ、立ち上がってコートを取り出し、そのまま出て行った。
外には冷たい雨がざんざか降っているというのに。
結局、この日は帰ってこなかった。
電話をかけても無言で切れ、そのまま繋がらなくなった。
そこで、夜中の2時半にメールだけ打っておく。とりあえず、当たり障りのない内容で。
[待ってましたが先に寝ます。雨上がりで冷えるので、気をつけてください。お休みなさい]
とはいえ、こんなだからほとんど眠れなかった。
翌日も音沙汰なし。
いったいどこで過ごしたのか。
昼過ぎにいつもの知人から電話がかかってきたので、知人とつるんでいたのではなさそうだ。
「ご主人、おられます?」
「いいえ、いません。どこへ行ったかも分かりませんので、直接携帯へかけてください。もし繋がったら、家にも連絡するように伝えておいてください」
ワタシのそういう受け答えで、昨夜ケンカしたみたいな雰囲気は伝わっただろう。たぶん。知人は「分かりました」とだけ言って電話はすぐ切れた。
この日も夕方になっても戻らず。連絡もない。ワタシが電話を掛けても繋がらない。
雨はまだ降っている。
大人げなくってかなり呆れてはいるんだけれど、これ以上の面倒はイヤなので、ひとまず折れておこう。
そう思ってまたメールを打った。
[昨日はせっかく作ってくれたのにごめん。寒いし雨も冷たいし、今夜は帰ってください。暖かいお風呂と夕食を用意しておきます]
でも、返信はなかった。
とはいえ、ワタシが夕食の支度をしていると、8時過ぎに戻ってきたオット。
「お帰り」と言っても返事もしない。
「お風呂、わいてるよ」
そう言うと無言で風呂場へ行った。
風呂場まで、足形がついてる。足がびちょびちょに濡れているらしい。
丸二日履きっぱなしで濡れた靴下…想像するだけで臭そうだ。
しばらくして上がってきたので、「ご飯は?」ときくと「いらんっ」
不機嫌丸出しでいつもの痛み止めに加えて入眠剤を飲み、すぐに寝室へ上がっていった。程なく、イビキが聞こえてくる。
おそらく昨日は、ネットカフェかビデオの試写室にでも泊まったんだろう。
そして今日も、どこかで飲んで帰ってきたに違いない。
ワタシは作った夕食の一部を食べ、残りを冷蔵庫にしまう。
そしてニオイを嗅がないように濡れた汚れ物を洗濯機に入れ、風呂に入って眠った。
翌朝。
おそらくアルコールが入っているところに痛み止めと入眠剤という、この前トイレを汚したときと同じパターンなので、オットは爆睡したままだった。
ワタシが犬の散歩に出て戻り、片付け物をしていると、昼過ぎに起き出したオット。不機嫌なままタバコを吸い、また眠ってしまう。
本当は、この日の宴会はオットと一緒に出かけるはずだった。主催者が共通の友人だったので。
でも、この状態では完璧に無理なので、昨夜の料理のことを「お腹がすいたらこれを食べてください」と書き置いて出かける。お土産には追加で別の物を買い、それで間に合わせた。
宴会の場では、「すいません。ちょっと急に具合が悪くなったので」と、一人で来たことを詫びる。
皆さんは「お大事に」と言ってくださったが、主催者はオットの病気を知っているので、こそっと「また落ちちゃいましてねぇ。元はと言えば、ワタシがスイッチを押しちゃったんですけど。ご迷惑かけてすいません」と伝える。
主催者は、自分も一時期しんどいことがあった人なので「こればっかりはしょうがないからねぇ。まぁぼちぼちやっていってくださいな」と、ねぎらってくださった。
午後6時半に出かけ、帰ってきたのは10時半ごろ。
オットは寝室に籠もったままだった。
冷蔵庫を開けたけれど、料理を食べた形跡はない。ずっと寝たままだった?
しかし、車には趣味の荷物が積んである。ゴミ箱にはバナナとソーセージの皮、カップ麺の容器とビールの空き缶が捨ててあったので、いったんは起きたよう。つまりはワタシの作ったものは意地でも食べないってことだったんだね。
こんな意思表示を見て、またむなしくなってしまった。
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