ワタシはドクターの前で言う。
「オットは、結婚してからずっとワタシのルールに従いガマンをしてきたと言っています。たかだか2年あまりの看病で、ワタシが偉そうにするのも気に入らないようです」
「そうじゃない。オレの立場から言えば、いつもいつもこの人に銃口を突きつけられている気分なんです。この人はいつも突然キレルので、いつ引き金を引かれるかビクビクしています」
よくいうよ、ったく。
「それって、結婚してからずっとってこと」
「いや、去年の秋ごろから・・・」
思い当たる節ありありのオットは、とたんに歯切れが悪くなる。
「その原因は自分が一番よく知ってるよね?それまでずっとガマンしてきたけれど、あんたが出会い系でバカなことをしたから、思いあまってワタシはキレたのよ」
「それはわかってるって」
オット、分が悪いので言葉の勢いも悪い。うつむき加減に返事をする。
「でもワタシが銃口を突きつけ、いつトリガーを引くかわからないってオットがビクビクしてそれでストレスを溜めているんなら、その根源である私は居ない方がいいんじゃないでしょうか?とにかく、だから、この人が治るためにはワタシは目障りなんじゃないでしょうか。ワタシの居ないところで一人になれる場所にいたほうが、早く治るんじゃないかと思いますが。
一人になりたいっていうのは、前にも自分で言ってたことだし。この家は寛ぎや安らぎがないから、一人の居場所を作ってくれって。あの時はとにかく一人にするのは危険だし食い留めることばっかり考えてたので引き留めたけれど、今は一人になって考えるほうが良いんじゃないかと思います」と、ワタシ。
ドクターは、しかしこう聞かれた。
「それはご主人がと言うより、奥さんが距離を置きたいと言うことですか」
ウーン先生、意地悪だぁ。事実はそうでも、この場合そう言ったほうが説得力があるじゃない。オットが自分で決めることだし、ワタシから押しつけられたと思われなくてもすむし。そういう、ちょっとずるい気持ちもあったけれど、オットの答は意外だった
「そんなことを言われるなんて、突然のことで驚いています。確かに以前、一人で暮らしたいと言ったこともありましたが、今はもうそういう時期は脱しています」
げげっ。それって出て行きたくないってことか
「どうして?目障りな人間がいつも目の前にいて、それでストレスが溜まるんでしょ?」
オットは答えない。
「じゃあどうしたいの?そうやってね、人が何を聞いても返事をしなかったり、黙ってたらわからないよ。あんたはどうしたいわけ?」
ドクターは
「すぐに返事できる人もいれば、長い時間をかけないと答が出せない人もいるんです。そうすぐに回答を迫っても、無理なこともありますよ」
当然ながら、このドクターはオットの主治医だ。オット寄りの発言はむべなるかな、である。
オットは
「僕は昔みたいに、仲良く暮らしたいです」
あのなー。それがデキねぇから、こうやって話をしに来てんだろっ
とにかく、このあたりでタイムアウト。次回はあえて、ドクターは同行を勧めなかった。またもめるに決まってる、そう思われたんだろうか。
「でも、いい方向に向かってますから」と、ドクターはねぎらいと励ましの言葉をオットにかけ、カウンセリングは終わった。
だめだー
ドクターは入院も勧めないし、「お試しに、とりあえず1ヵ月でも2ヵ月でもウィークリーマンションで暮らしてみたら?」という私の提案にも賛成されなかった。オットも、これについては首を縦に振らなかったし。
結局は、またオットの車で帰宅。行きも帰りも無言だった。
それからワタシは、遅れを取り戻すべく仕事をする。
「今日は9時半頃までかかるから、お腹がすいたら何か先に食べておいて」そう言って2階へ上がったんだけれど、下へ降りると食事の用意がしてあり、オットは食べずに待っていた。
テレビを見ながら食事を摂ったが、なんとオットはお酒ではなくお茶を飲んでいた。今日は夕方も飲んだ形跡がない。
「お酒、飲まなかったの?」
「ああ。オレはアル中じゃないからな」
この点は、さっそく効果が出たようである。
ワタシには、酒を飲まない理由もないので、一人で晩酌。その横でお茶を飲むオットは、何か不思議な感じがした。
さて、これっていつまで続くんだろう。とりあえず交渉は決裂したので、ワタシは自分の生活に無理しないことにしよう