渡辺氏は在野の日本近代史家で、2022年に92歳でなくなった。『逝きし世の面影』(平凡社ライブラリー)は名著として名高い。戦前に親の仕事の関係で中国大連に渡り、大連一中を経て、熊本の第五高等学校を卒業。ここまでは典型的なエリートコースだったが、病気のため療養生活を余儀なくされた。その後法政大学に進む。

 

 本書は1980年代初めに熊本市の真宗寺で、若者や親しい仲間たちに対して行われた「京二塾 日本近代史講義」の録音音声をまとめたもの。内容は第一回 地租改正、第二回 神風連の乱、第三回 戦前の天皇制、第四回 大アジア主義、第五回 日露戦争、第六回 頭山満 となっており、随所に渡辺氏の蘊蓄ある話が聞けて一気に読み終えた。

 

 この中で取り上げようと思うのは、第二回の神風連の乱だ。神風連の乱については氏の2006年の著作に『神風連とその時代』(洋泉社MC新書)があり、なかなかいい本だなあと感心した覚えがある。当時洋泉社MC新書は歴史や宗教関係の分野でいい本を出していた。神風連の乱は1876年(明治9年)熊本で起こった、明治政府に対する反乱で、陸軍によって鎮圧された。太田黒伴雄ら170名によって結成された「敬神党」により起こされた。この敬神党が反対派から「神風連」と戯称されていたためこの名がある。

 

 敬神党は反乱に際して大砲や鉄砲を使わず日本刀で戦った。しかも戦うか否かをリ-ダーの太田黒伴雄が神に祈って決めたという。それを「宇気比」(うけひ)というのだが、近代戦が一般的になってきた明治時代に日本刀一つで戦うとは、またそれを神に祈って勝てるという啓示を得て始めるとはなんという組織であろうか。このことを渡辺氏の『神風連とその時代』で知って大いに驚いた。今回その「宇気比」(うけひ)について具体的に渡辺氏が語っておられるので紹介しよう。

 

 敬神党の教祖は林桜園という人で、「古代の日本人は神に訴えかける方法を知っていた」と考えており、「神風の吹かせ方」を再び我が物にすることができれば幕末の危機を突破できると信じていたという。そして遂に「神に祈って神を動かす方法」を発見したと思った。それが「宇気比」(うけひ)で、この「うけひ」の秘儀は桜園の弟子の中でもただ二人、太田黒伴雄と井戸官兵衛のみに伝授された。太田黒は自らの信念を固く持って動じない人で、不動心があると桜園に評価されていた。

 

 渡辺氏によると、桜園や敬神党の根本思想は、一種の農本主義的イデオロギーで、豊かで平和な村落社会を理想としており、それは神を正しく祀ることで保障される。しかし一旦国家的危機が生じれば、日ごろから刀をさしている神官や百姓たちが総決起するような「国民皆兵」社会でもあるので、廃刀令で刀を取り上げることはだめで、それは日本の風儀に反する。彼らの求める古代神政ユートピアは古色蒼然かつ反動的に見えるが、実は理念的に封建制度を否定するもので、近代的な観念の模索だと言う。このへんは熟考すべきところであろう。

 

 太田黒伴雄が反乱を決起するにあたって、神との対話をする「うけひ」の場面の描写は大変興味深い。宗教とは何かという問題も想起されて、宗教団体が世直しに向かうときのメカニズムも推測できる。

 

 副題は、「様式の歴史から読み解く」で西洋名画の解説書としては類書にないものだ。この方面で夙に有名なのは、高階秀爾氏の『名画を見る眼 1 Ⅱ』(岩波新書)で息長く読まれて版を重ねている。最近では中野京子氏の『怖い絵』シリーズ(角川文庫)が人気でベストセラーになっている。この後いろんな解説書が出版されて、いまや西洋絵画は出版社のドル箱になっている。さらにこの人気を支えているのは美術評論家の山田五郎氏が発信しているUチューブ「オトナの教養講座」で桁違いの閲覧数を誇っているが、氏の博覧強記ぶりにはいつも感心させられる。

 

 本書では、絵画には大きく分けて2つの系統があると言う。ひとつはピカソに代表される、止まった印象があり、明瞭な形を好む、知的な理解を求めるもの。もうひとつはモネに代表される、動きを感じさせ、形が不定形になる傾向があり、感覚的に受け止めることを想定したもの。前者を理性派、後者を感性派と呼ぶことにするという。さらに両者について7つ道具のパラメータを提示する。それは、①色、②明暗、 ③輪郭、④形、⑤筆触(画家の筆さばきの痕跡)、⑥主役、⑦構造線である。これによって古今の名画を分析して見せてくれる。類書と一線を画す所以だ。

 

 16世紀のルネサンスから17世紀のバロック、18世紀のロココ、19世紀のロマン主義を経て、20世紀のピカソ モネまで理性派と感性派に分けてそれぞれの代表画家を示した表(136ページ)は非常に便利だ。その中でルネサンスとバロックの間に生まれたマニエリスムについて著者の説明を聞こう。私も今まで知らなかったスタイルである。著者は難解過ぎた画風だと言い、その特徴を6つ挙げている。1極端な明暗表現や逆行 2玉虫色などの人工的な色づかい 3異様に登場人物・モノが多い 4主役が2つ 5クセが強く出たデフオルメされた人体表現 6S字の構造線などで、この時代は両派の特徴よりもマニエリスムらしさが前面に出ることが多く、感性派は近代絵画のような激しさを見せ、理性派は秩序が乱れがちとのこと。アルチンボルド、ティントレット、ポントルモ、ロッソ、エルグレコなどを挙げて、彼らの出現理由を①直前の時代に端正な様式が確立され、そこから過度に洗練が進んだ。②当時流行していた錬金術の思想を表しているのではないか。③16世紀のペスト流行やイタリア戦争など、イタリアの政治・社会情勢が大変不安になったこと。と分析している。

 

 因みに山田五郎氏は「オトナの教養講座」マニエリスム編で、その特徴を、①引き延ばされた人体、②S字曲線、③左右非対称、④密集性、⑤静止感、⑥浮遊感、⑦寓意性、⑧奇想、⑨細長い指とさらに細かい分析を披露している。またその出現理由を、盛期ルネサンスの様式を踏襲し巨匠たちの手法を極めようとしていろいろし過ぎて不自然になった様式と述べる。Uチューブの動画らしい説明である。マンネリズムはマニエリスムの語源だということも初めて知った。山田氏に感謝。

 

 本書はいろいろ絵画について蘊蓄を傾けておられるが、第五章の「額縁の効果」は初めて聞く話で大変面白かった。たしかに額縁で絵の印象が全く違ってくるから不思議だ。今後展覧会に行くのが楽しみになる著作である。

 本書は『北越雪譜』の作者・鈴木牧之(1770~1842)がこの書を刊行するまでの苦難の歴史を描いたもので、本年度の大佛次郎賞と中山義秀賞を受賞した。『北越雪譜』は、越後魚沼の雪国の生活を描いた書。雪の結晶のスケッチから雪国の風俗まで、豊富な挿絵とともに詳細に記されており、江戸で発刊されるとベストセラーになった。牧之は今の新潟県南魚沼市塩沢で縮(チジミ)仲買商・質屋を営んだ人物である。

 

 木内氏の作品は『茗荷谷の猫』(文春文庫)と『奇のくに風土記』(実業之日本社)しか読んだことがなかったが、それまで男性と思っていた。今回大佛次郎賞受賞の新聞記事の写真を見て初めて女性だと知った。「昇」を「のぼる」と読んでいたが、実は「のぼり」と読むのだった。『北越雪譜』は、1981年版の岩波文庫を持っているが、今回書棚から取り出して改めてめくってみると挿絵のすばらしさに見入ってしまう。今回の件で岩波は重版にかけるのではないか。

 

 牧之が綴った雪国の話は最初、山東京伝(戯作者)の眼に留まり出版に動き始めたが、版元や仲介者の事情によって発行までに四十年もかかってしまった。その間出版引き受け者が京伝から滝沢馬琴へ、さらに京伝の弟山東京山へと移ってやっと出版が実現したのであった。その間の牧之の苦悩と何としても世に出したいという田舎作家の意地が流麗な筆致で描かれる。加えて江戸時代後期の出版界の事情、『南総里見八犬伝』で有名な文壇の大御所・滝沢馬琴の版元も困惑する気難しさ、傲慢さなど話題は尽きない。現代の文壇事情もかくやと思わせる。

 

 ことほど左様に、私は本書を現代の文壇のアナロジーとして読んだわけだが、それが如実に表れたのが京伝の息子京山の述懐である。京山は牧之の原稿を『北越雪譜』として発行した功労者だが、版元の文渓堂の平兵衛に自分の作品でもないのにどうしてそんなに肩入れするのかと聞かれて、どうあっても評判の本にしたい。馬琴では決して作ることのできなかった版本に仕上げるのだと言う。そして続けて、「私には戯作者としての抜きんでた才はないかもしれぬ。兄ほど評判の作もかけぬ。そういう者が秀でるにはいかにすればよいと思う。それは、ひたすら実直に書き続けることさ。手を抜かず、欲張らず、多くを望まず、ただただ生一本に書いて行くことだ。いくつになっても初心のままに、少しでも良い作を書かんと励むことだ。他にできることは何もないゆえに」と言う。

 

 この部分、私は木内氏の作家としての決意表明と読んだ。京山の言葉は少し気恥ずかしい言い回しであるが、これに励まされる人は多いのではないか。「生一本」という言葉が効いている。濁世であればこそ、「生一本」には価値がある。

 

 

 本書は2025年10月に発刊された初期短編集で、同じく2025年の12月の初期中編短編集『雪の火祭り』(河出文庫)とセットになっている。吉村氏は歴史小説・ノンフイクションの分野で沢山の傑作を残しており私も年来の読者だが、一番好きな作品は『羆嵐』(新潮文庫)である。大正4年12月に北海道天塩山麓の開拓村で、冬眠時期を逸したヒグマがわずか二日間で6人の男女を殺害した事件を描いた作品で、ヒグマの恐ろしさを余すところなく描いた名作である。中でも妻を食い殺された夫が妻の遺体を発見した時の「おっかあが少しになっている」という言葉は特に印象に残っている。熊の被害が全国的に報じられる昨今、一読の価値がある。

 

 本書は短編集で、ショート・ショートのような感じの習作的要素が濃厚な作品が14編収められている。その中で私が個人的に完成度が高いと思ったのは「金魚」である。これは1952年、作者が24歳の時の作品だが、結核患者であった自身の経験が色濃く投影されたものである。結核患者の僕は自宅療養中で、看護婦に来てもらって生活の援助をしてもらっているが、嫂の世話で身の廻りの世話をしてもらう女中を雇ってもらった。名前は「ひさ」で東北出身、彼女の父も結核を患っている。

 

 僕はいつも死の恐怖に取りつかれて、食事ものどを通らないことがままあった。そんなとき死の苦痛を描いた若山牧水の『啄木の臨終』やアンドレ・ジイドの『背徳者』を読んで、「結核死は最後まで頭が冷静で意識が驚くほど明瞭だと言うことも僕をひどく怖がらせた」という状況になる日々であった。そんな中、僕はひさに薬屋でカルモチンを買ってきてくれと頼む。これは鎮静催眠剤で大量に飲むと、死に至る。太宰治が心中未遂を起こしたときに飲んだのがこれである。僕はいざとなったらこれを飲むつもりだった。

 

 ある日の昼下がり、金魚売りの声に応じてひさに二匹の琉金を買ってこさせた。金魚鉢に入れた琉金が、水面に口吻を突き出して酸素を吸うたびに生まれる泡がつぶれる音が僕の耳に聞こえてきた。やっと咳が止まってそれと入れ替わりに胸であの音がしてきた。医者はそれを肋膜が擦れ合う音だと言った。この音に関するエピソードは僕の張りつめた神経を的確に描写している。このような日常の中で、同居して世話をするひさに対して僕は明らかに異性を感じている。前任の看護婦からは「あの娘、いい子だけど、誘惑しちゃだめよ」とくぎを刺されていたが、好意を持っていたのは確かだ。

 

 そんなある日、ひさに母から父が死んだと電報が届く、「ソウシキハアス、ハハ」とあった。僕は明日にでも帰るように言うが、ひさは「帰らなくてもいいんです」と拒否する。いったん悲しみの涙が乾いてしまえば父親の死によって好転した一家の生活が残されただけなのだという現実。ひさの冷酷さが身に染みたという僕の感想は貧困に苦しむ人間の実相をとらえて余りある。

 

 ひさの父親の死を知った時、僕は同病者としてのライバルに勝ったという残忍な自分自身を快く感じた。そして雨が激しく降る朝、金魚が爽快な水音をさせて水面を叩いた。僕の「心がいきなり燃えた。そして冷えた」。僕は布団の下に手を入れてカルモチンの袋を取り出し、その粉末を金魚鉢に入れた。金魚はやがて死んだ。雨がやみ、腋の下に入れたままの体温計をかざすと37度4分を示していた。「7度4分か」僕は、意味もなく呟いてみた。やっと晴れ晴れとした気持ちになった。

 

 死の恐怖にさいなまれる日々の中で、ひさに対する閉塞感のある恋情を抱いていた僕。同病の彼女の父に勝ったといういびつな心情。自殺用のカルモチンを金魚に与えて、生への期待をつなぐ僕。37度4分という体温は希望の証だ。以上あらすじを追って適当に要約したが、苦悩から希望へという流れが上手く表現された作品である。細部は是非読んで確認してほしい。タイトルの「死まで」も読みごたえがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近イスラエルやユダヤ人関係の新書が立て続きに刊行されて、よく売れているようだ。『福音派』(加藤善之 中公新書)はアメリカとイスラエルの関係に言及していたが、「6刷5万部突破」と新聞広告にあったし、鶴見太郎氏の『ユダヤ人の歴史』(中公新書)と『シオニズム』(岩波新書)も然り。本書は2019年1月の刊行だが、岩波は最近の情勢を好機として増刷した。

 

 ユダヤ教は一神教で、ユダヤ民族の民族宗教であり、ユダヤ人をアブラハムの子孫として唯一神(ヤハウエ)を信仰し、ヘブライ語聖書(トーラー)を聖典としている。ユダヤ教の根本原理はトーラーに従って生きることであり、その行動指針を提示するのがラビ(宗教指導者)である。キリスト教がイエスをメシア(救世主)と信じるのに対して、ユダヤ教はメシアの到来を未来の出来事として待ち望む点が異なっている。

 

 本書はユダヤ人とユダヤ教について「歴史」「信仰」「学問」「社会」の四つの側面から説明がなされており、理解がし易い。表紙の裏側に著者の惹句が載っているが、そこにはこうある、ユダヤ教は「宗教」ではない。人びとの精神と生活、そして人生を根本から支える、神の教えに従った生き方だ。啓典の民、離散の民、交易の民、書物の民、様々な呼び名をもつユダヤの人びと。苦難の歩みの中で深遠な精神文化を育む一方、世を渡る現実的な悟性を磨いてきた歴史をたどりながら、その信仰、学問、社会を知ると。

 

 宗教ではなく生き方だという指摘は、中国における儒教のような側面を指摘していると思われるが、トーラーやタルムードの聖典が生活、信仰の基となっているという指摘を踏まえると、非常にリゴリスティックな生き方をしている感じを受ける。一方で学問・経済の方面で才能を発揮する人が多いことを考えると、放浪の歴史の中で能力を鍛えてきたという指摘は正鵠を射ていると言える。

 

 私は冒頭に紹介した三書を読んだ流れで、近代とユダヤ教、そしてシオニズムの議論を中心に紹介したいと思う。ユダヤ教の世界では18世紀後半からドイツにおいて近代社会にユダヤ教を適合させようとする動きが生まれた。これを「ハスカラー」と呼ぶが、その運動がロシア帝国にも伝わった。これはロシアの権力側にとってもユダヤ人を統治し易いという判断もあって国内に広がったが、折に起こるポグロム(ユダヤ人に対する暴力)によってハスカラー路線からの転換が図られた。居住国による解放(自由を得ること)を待つのではなく、ユダヤ人自身が自力で自らを解放すべきだ。そのためにユダヤ人発祥の地パレスティナにユダヤ人国家を作るべきだという主張が生まれた。これがシオニズムで、1896年テオドール・ヘルツルが提唱した。

 

 著者はこれを「宗教としてのユダヤ」と「民族としてのユダヤ」と定義している。現在居住する国の市民権を持ち、その国家に忠誠を誓うとともに「宗教」としてのユダヤ教を信奉し、教団を組織しているのが前者。イスラエルというユダヤ人による世俗国家の建国を目指す人々が支え続けたのが後者である。さらに著者は最終章の第四章で、近代に起こった二つのメシア論を指摘する。「宗教としてのユダヤ」を「普遍主義的メシア論」、「民族としてのユダヤ」を「個別主義的メシア論」と名付けるが、後者について、ユダヤ人のみの個別的な救済ではなく、普遍的な救済を目指さなければならない。そのためには「共存」という価値が重要な要素として浮上してくると述べている。現在のイスラエル・パレスチナ問題を見るとき、この指摘は非常に重要だと言える。