7月14日〜16日、館長と長女が「備前長船刀剣博物館」に所用で出掛けることになり、新幹線で岡山へ向かいました。
僕は事情があって留守番ですが、まあ、これで心の洗濯でもしておきます(笑)
17日は開館日ですので、館長は無理かなと思っていました。

以下はブログ「福子だより」より

『当資料館所蔵の『越前康継』を「是非、展示したい」と備前長船刀剣博物館からの依頼があり、見学も兼ねて岡山へ行って参りました。

康継は葵御紋が契られた徳川の拝領刀ですが、和泉守兼定が佐藤家にあった頃も康継のほうを大事にしていた記録が残っております。
また刀身の茎には2度の試切りが彫られていますが、試切りとは、将軍の佩刀を死刑人の体を斬って刀の利純を試すもので、大名や旗本等も山田浅右衛門に試斬りを依頼しておりました。要するに試斬りがされるとは、一級の刀である証しとなります。

今回は越前康継に加え、当館所蔵の土方歳三の書簡も展示の意向があり、そのレプリカを新選組のふるさと歴史館からお借りし、持参する為、長女も同行致しました。

事前に岡山在住の長倉達郎氏と連絡しあった上、岡山駅まで迎えに来て頂き、先ずは大切な資料を長船刀剣博物館へ納めることと致しました。
長倉氏の運転で小一時間ほどで到着いたしましたが、本当に助かりました。

博物館では展示の真っ最中でしたが、その場で刀を改め、書簡と共に展示くださいました。
薄桜鬼・土方歳三のパネルの前に康継と兼定、土方書簡は迫力ある展示となっております。


(展示された歳三の佩刀と書簡。前は同行した長女)

その後、長倉氏の案内で、あさくらゆう氏によって発見された、安富才助さんのお墓に連れていっていただきました。
お墓参りでは歳三の子孫として手を合わせ、御礼をお伝えしました。
安富才助さんは箱館戦争後、彦五郎を訪れ、土方歳三戦死の状況報告していただきましたが、それを書き取ったメモ書は、歳三戦死の状況を伝える貴重な資料として、当資料館に展示しております。
(あさくら氏、よく発見くださいました!)


(側面には“安富才助夫婦之墓”と彫られています)

侍屋敷・安富牧場ではアイスクリームでひと息いれ、岡山駅まで送っていただきました。
長時間の運転、本当にありがとうございました。
2日目につづく』


さて、洗濯をしきれないまま翌17日は開館日、それに僕の誕生日でもありますドンッ
夏生まれのせいか暑いのが大好きで、インドでも日向を歩き、バイクに乗っていても腕がチリチリ焼けるくらいが良かったのですが、ここ数年、暑さが辛くなってきました。ああ、もう歳だなぁ......シミジミ....

開館日も暑い日で、準備から説明から僕ひとりでやっていたのですが、午後1時に館長が登場しました。ここでお昼やすみにさせていただきました。
その後、戻ると、事前に来館の旨ご連絡いただいていました福子倶楽部会員のちこさんが、たぶんお友達、、、といらっしゃっていて、おふたりで僕の絵を買っていただきました。
ただ、どうやって京都まで持ち帰るかが問題でしたが、スーツケースに入れて、しわがよったらアイロンかける!で納得していただきました(笑)
ちこさんからは京の素敵なお菓子もいただきました。
誠にありがとうございました!