いま夜の十一時。風邪もようやく治ったし、台所に行ってひさびさにワインを一杯飲む。はぁ、やっぱりお酒はいいですね。この二週間くらい一滴も酒を口にしてなかったから、よけいに染みる。
十一世紀のペルシャの詩集で『ルバイヤート』というのがある。岩波文庫からも翻訳が出ているけど、これがなんとも味があっていい。難しいことは考えずに、酒でも飲んでのんびりやってきましょうよ、ということがひたすら書かれていて、いい感じで脱力していて、なんだか落ち着く。
外国に一人で暮らしていると、自分の人脈のありがたさというのが身にしみて分かる。それはこちらに来てからつくり上げた人脈ということもあるけれど、同時に日本にいたときの人脈という意味でもある。彼女や友達、あと家族とかは「人脈」っていうフォーマルな関係を超越してるからここでは置いといて、例えば日本にいたときに一緒に仕事をしたフランス人の教授とか、あとはホストファミリーを紹介してくれた関係の人たちとか。とくにフランス人の教授は、こちらからちょっとしたお願いのメールをしたら快く引き受けてくれたりもして、本当にありがたい。
もちろん、彼女や友達のありがたさも改めて感じています。ただ、彼女はもう別格で、というか「ありがたい」っていうレベルをすでに超えてるし、それに細かいことは二人だけの秘密。友達や大学の後輩がメールをくれるのもすごくうれしい。それからICUのときの親友、おそらく仕事がいまおそろしく大変であろうにもかかわらず、彼も何回かメールをくれている。ありがたいことです。
海外でひとりで暮らしていると、やはりどうしても「人生ってなに?」とか「幸せってなに?」といった実存的な問題を考えてしまう。専門が現代思想系ということもあるので、ニーチェやラカンを引っぱりだしてきて「人間はシニフィアンの連鎖で・・・」とか言うこともできるんだろうけど、そんな小難しいことを考えずに素直に言えば、好きな人や気の合う仲間と酒でも飲みながら一緒に過ごす時間がいちばん楽しいよ、ということになる。それこそ「シニフィアンの連鎖」ではないが、地位だとか名誉だとか真実だとか、そういう抽象的なことを追いかけるくらいならば、「恋人や友達とうまい酒を飲む」ということを人生の中心において、そのために全力を尽くす、というほうが個人的にはずっとすっきりくる。かなりわがままな人生哲学ではあるけれど、個人レベルでの幸せを突き詰めていくとそういうことになる。
現在、グレン・グールドの「ゴールドベルグ変奏曲」を流しています。バッハはやはりいいですね。天から冷たく澄んだ雨粒がぽとぽとと落ちてくる感じ。
むかし、おそらく六、七年前のことだと思うが、マイルス・デイビスのKIND OF BLUEを聞きながら昼寝をしてしまったことがある。ちょうど目が覚めるか覚めないかくらいのとき、覚醒と睡眠との狭間にある状態のときにBLUE IN GREENのビル・エヴァンスのピアノが聴こえてきて、無防備な身体のなかに侵入してきたメロディーにフッと自分が溶けてしまいそうな気がした。ひょっとしたらああいうのを恩寵というのかもしれない。
あぁ、それにしても、さっさと東京に帰ってまた居酒屋にでも行きたいよ。カウンターに並んでいろんな焼酎を試したりさ。あと、飯田橋にある「一代目ほしの」って店にも行こう。マスターがかっこいいひとで、安くて料理もめっちゃうまいから。焼酎もたくさんあるしね。(これは彼女へのメッセージ。)
'08/12/05(夜)