霧の中の思い出を探して

霧の中の思い出を探して

解離性健忘とうつに苦しむ俺の外部ストレージ

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前回、病気の事を書いてから4ケ月
なんかあっという間に過ぎていた
途中、何度も続きを書こうとしたが
なかなかその気になれず
ずるずると今に至る

解離の症状は今のところ落ち着いてる
睡眠発作も起こさないし
健忘も大きく記憶が削がれるようなことはない
ただ、言われたことを忘れたり
さっきまで考えて
行動しようと思ったことが出来なかったり
単なる「ド忘れ」程度の事なんだろうが
気になる「忘れ方」するときはある
そんな時に思うのが
「以前なら、こんなこと無かったのにな」と
前と比較できるぐらいの記憶が
頭にあることは、それはそれで良いのだが
無意識に自分の頭の中で
そう思ってしまうことは
不自然というか違和感を感じる。
自分が変わったと感じる時は
気持ちの良いときよりも
気持ち悪いときの方が多い。

障害年金は
結局、認定日請求をするための
診断書が取れないことが判明し
事後重症請求にて請求することになった。
S医大の書庫の奥深くに
俺のカルテは眠ってるのかも知れないが
それを探すなんて多分してくれない。
時間があまりにも経ち過ぎた。
それだけ長く
この病気と付き合ってる証拠なのだが・・

これまで何やってたんだと思う。
いつかは症状も落ち着いて
普通の生活が送れるようになる
そう思ってた。
以前なら健忘など解離の症状が出ても
その後は元気に復帰してたから
こんなに酷くなるなんて思ってなかったと思う。
ましてや障害年金なんて言葉は知ってても
自分には関係ないと思ってたから
請求するなんて考えもしなかった。
けど、実際は違った。
社会人になって何も成し遂げられないまま、
職を転々とし、収入も安定するかと思ったら、
解離を発症するの繰り返し

もう少し早く、請求に向けて動いていれば
診断書が取れたのかもしれないが
今になってはどうしようもない。
すげー悔やまれるが
悔やんでも記録が復活するわけでもないので
諦めるしかない。

先日、年金機構から
審査が遅れてます。もう少しお待ちください
との旨の通知が届いた
念のため、その後に
審査状況確認ダイヤルに電話したところ
10月中旬には結果を発送しますとの返答
はやる気持ちを抑えて結果を待つしかない。

あと、自宅は売却しないことになった。
父が代表を務めていた会社から
このまま家が無くなるのは忍びない
とのことから支援を申し出てくれた。
土地と建物を、その会社へ譲渡し
残りのローンを返済してもらい
その後は格安の家賃にて
住み続けて良いというもの
普通に考えれば
破格の条件での譲渡だ。

借金肩代わりするし
少しの家賃でそこに住み続けていいよ

凄くありがたい話だ。

ただ、
自分もその会社に勤めてはいたが
解離のせいで休むことが多くなり
もう面倒見きれないと縁を切られた。
実は曰く付きの関係のある会社
なので、最初は懐疑的で
支援には賛成できなかった。
しかしながら背に腹は変えられず
やむを得ず受け入れることとした。
今はこれまで通りの場所に住み続けている。
これで良かったかどうかは
先にならないと分からない。

自分に力があれば
その先の人生も生活も
切り開くことも出来るのだろうが
それが無いから出来ないし
先が見通せない。
平穏な日々だけど
グニャグニャした想いは
変わらずそこにいる。