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■唯一商店■

新着情報や制作工程などの情報を発信していきます。
最近では、料理のレシピなんかも書いちゃってます。

こんにちは、■唯一商店■とかいう名前ですが、もうこれは酔っ払いのたわごとです。


酔った勢いでしか話せないような内容。


私はうつ病。適応障害と言う、簡単な病名。

でも、症状には千差万別があるのがこの病名の厄介なところ。


「適応障害」って言うと、雅子さまを例にして語られる事が殆どだけど、全然全く同じ症状があるはずもない。

私の場合は無職の状態がとても楽だったけれども、家族に言われて、「無職は良くないから、働いたほうがいいんじゃないの」と言う言葉にせかされて、面接を受けたことがきっかけだ。

以前の仕事と同様の内容の職場で、本当は4時間ぐらい働ければよかったのだが、面接官が人が足りないからと言って、私を社会保険が取れるような8時間労働で雇えないかと言ってきた。

私はその時、いやいつもだけれども、誰かの役に立つようにと、生きてきた。

その気持ちが、現在の自分の状況には合わないない事はわかっていたが、その要望に逆らえず、その働き方に同意してしまった。


いざ働き始めたら、更衣室はエアコンのついていない。夏場のとても暑い時期にもかかわらず、2人で1つのロッカーを使用して、とても狭いスノコの上で着替える必要があり、そこがまず不快だった。

私が経験者と言うこともあって、社員さん達はとても喜んだ。しかしそれまで働いていたパートさん達がいい顔しなかった。

だからパートさんとは仲良くなれなかった。

経験者だからと言って、一足飛びに高度な仕事を任された。しかし前の職場とは違って、やり方や商品の作り方も違っていて、さすがに私も困惑した。


私はとにかくそこの職場に慣れようと思って言われた通りに商品を作り出し言われた通りに働いた。

しかし、昼食をお弁当で持っていったが、最初はレタスやハムやチーズや好きなものを挟んで作るサンドイッチだったのだが、そのうちピーナツバターを塗って挟むだけのサンドイッチに変わっていた。


でも、自分としては、その変化に気づかず、いつものように仕事をしていた。

何度か私の商品を作るために、必要な材料の下準備がうまくできていないことがあった。その下準備ができていないと、私の作業が2倍ほどに膨らむ。

解凍してあったはずのものが解凍されておらず、冷凍のままのものを私が解凍し商品に仕上げるからだ。


私はとても我慢した。そんなにないミスだと私は思った。しかしその2週間後同じようなことが起こった。

それを商品化するのにはとても手間がかかって、そして誰かのせいと言うイライラも重なり、私にとてつもない負荷を与えた。

しかし入社数ヶ月の私には、愚痴を言う相手もいないし他のパートさんとも仲良くないし、社員さんともそんな話はできない。もう実際はここで積んでたんだよね。


その頃あたりだろうか。後で聞いたところ、前は何の問題もなく出勤していた私が、出かける前に必ず家族のもとに行って「行ってきます」と言って出かけて行くようになったそうだ。

思い出す。その頃出勤の道すがら、ここで電話をかければ休める。ここから引き返せれば休める、どうしよう。電話しようかななどと思いながら歩いていたことを。


そしてある日、新しいパートさんが2人入ってきた。

何日か働いているうちに更衣室でその中の1人と一緒になった。「〇〇さんて凄いですよね。なんでもできるし、色いろなことを教えてもらって助かります」と言われた。

その瞬間、涙が出そうになった。「いえいえ、そんなことないですよ」と言ったが、そこで何かがブチ切れた。


次の日私はベッドから起き上がれなくなった。

目覚ましの鳴る前に目が覚めて震えが止まらなくなった。

「大丈夫いける、大丈夫いける。そう!」自分に言い聞かせても体は震えたまま何の動作もできない。

もういい加減起きなきゃいけない時間に意を決して携帯電話で職場に休む旨を伝えた。


もうそこで私の我慢のタガは外れた。

数時間後職場に電話して退職の旨を伝えた。「もうちょっとよく考えてみて」と言われたが、この状態は自分のこのおかしな状態はどうやったって変わらないと思って、「申し訳ないんですけど無理です。」と答えた。

その後社員さんから何度か連絡があった。

「作業の内容で難しいことがあるんだったら、その作業はやらなくていいから来て欲しい」と言われた。

でも私の中では、その作業はどうとと言うよりも、あの更衣室は、一緒に働くパートさんたちが昼食を食べるあの空間が、もう全てストレスだったのだ。


実は高校生の時にそのスーパーで働いたことがあった。

その時にも思っていたことだが、従業員に快適な空間を用意する事は考えていないようだった。

その記憶も私の中では蓄積していて、それと相まって、そういった気持ちになったのかもしれない。


ほら、雅子さまとは違うでしょ。

雅子様は自分のスキルが役に立つと思っていた。にもかかわらず、能力を発揮することが一切なく病んでしまったんだと私は思っている。



キメてる

私は時々酔っ払うと泣き狂う。

自分がどれだけ不必要かと、正当化するようにその理由を述べる。

私は経験したことに対して、次の職業で同じような職種についたとき、誰かより勝っていると勘違いすることが多い。

だから当然言われた通りのことをしていない時がある。

しかし困ったことに誰もいない状態で、メモ書きでこうしといてくださいと書いてあり、メッセージでよろしくと書いてある時がある。

全くわからない。入社して1週間の私に果たして、その言葉で伝わるんだろうか?

しかし、「私たちは忙しい」と言われているので、「わからないことがあったらいつでも電話して」と言われても、やはりここは躊躇してしまうだろう。


その矛盾とどう戦うか。

よく落ちることだが、自分の中でなんとなく解釈してその作業終わらせる。そして家に帰ってメッセージが届いて間違えてると知らされる。

それをミスと取るか、出勤したときに誰もいない状態をまずいなぁと取るか、それは管理者に委ねられる。


しかし、作業についてはもちろん上司の上の立場の人のチェックを受けている。「こちらでどうでしょう」と提出している。

だから納得いかないのは「これ間違えてたよ。こういうの間違えるのってだめじゃない?」って言われたとき。

いや、「それは私はチェックに出しました。」と言いたいのは本音だけれど、やはりそこは「すいません。間違えてしまいました。」と謝罪する。

それが人間関係を穏便に済ます最良の対処法だからだ。


いろんな話がごちゃまぜになったけど、これがまさに自分の抱える問題と、社会が抱える問題を両方同時に考えさせられるような事例ではないかと私は思った。


ただ私は無性に死にたくなることがある。理由としては、私がいなくなっても何の問題もなく、こんな生活は続いていくからということかもしれない。私がいなくなったら、高齢の私の両親は他の誰かに面倒を見てもらい、今後もうまくやれるだろう。

そうすべては私がいることによって回っている事は、私がいなくなったら別の誰かが回す歯車でしかないと言うことだ。

最近は無性に誰かと話したいと思うことがあるけれど、それは自分勝手な話しであって、自分が話したい時に誰かが聞いてくれるという。そんな思い通りにことが済むわけがない。


ブラックでブラックの話だけれども、この先いったいどうなっていくのか、自分としては怖いしそう、明日が誕生日だから、この1日にしがみついてるのかもしれない。

平均寿命を考えると、これから私はあと30年も生きなければいけない。

失われた30年。

渡してその30年は今後30年で取り戻せるのだろうか。

まぁ今この瞬間、明日その瞬間、地球が爆発したってあぁ何の未練もないけどな。