まずは昨日の誕生日
たくさんのコメントやメッセージ
個人的ご連絡などお祝いの言葉
ありがとうございました!
こうみえてやっと40歳です♪
ハワイの私の家族ケビンとの会話で
気づいたら大阪に来て18年が経つ事を知りましたww
長いもんですね~。
大阪はもちろん全国でつながってくれている皆さんに
本当に感謝してます!そして全国の皆さんに
早く会いたい!というのが本音です。。。
離れてはいますがインスタやツイッターでは
毎日作品を更新してるのでよかったら見てください!
フェイスブックは最近ほぼ開いてませんww
さて、約2年ぶりにブログを更新。
最近の主流は短文のものや写真が中心で
長い文章を書く事が少なくなっていました。
今回書く事も多いので
久々に更新したいと思いました。
よかったらお付き合いください。
2019年の年末からはじまった
コロナというパンデミック。
ギリギリまではイベントなども参加させてもらっていましたが
昨年の春頃から完全にイベント等の中止、延期が相次ぎ
私も少なからず影響はありました。
コロナという物がまだまだわからない事が多い頃でした。
気管支系が弱い人は重病化しやすいという事を知り
そこから自主的に自粛生活が始まりました。
家族内に気管支系が弱い者がいて
私自身も普段は問題ないのですが
時に調子悪い時は元小児喘息持ちの本領が
発揮されてしまう時もあり
とにかくうちの家族にとってコロナは恐怖でした。
イベントの中止が相次ぎお声がかからない事もあれば
お声かけていただきましたがお断りさせていただく事も
生意気ながらありました。
去年はほとんど仕事は作品依頼ぐらいで
イベント関連は数える程度だったと思います。
今年に入ってからも
やはりコロナは収まらず
我が家としては油断できない日々が続いていました。
そんな事が続いていた8月のある日。
家内が体調不良になりました。
最初はおふざけで「コロナちゃうやろなぁww」なんて
言っていましたが。
翌日には私も調子悪くなり長女も続き
最終的には5人家族全員がダウン・・・
検査に行きましたところ、家族仲良く
「陽性」が確定したのであります。
感染経路を考えましたが
考えても考えてもわかりません。
目立った行動はしておらず
命に係わる事なので油断もなく
自粛生活真っただ中でしたので
どう考えてもわかりませんでした。
症状は家内と長女は完全ダウン。
次女と長男は数日で回復し元気になっておりました。
私はというと、高熱はずっと続いていましたが
特にそれ以外は問題なく、熱が下がることを待つのみ。
と思っていましたが、何日経っても熱は38度中盤から変わらず
発症して1週間ほどでしょうか。
家内と長女が回復してきた頃には私だけ
呼吸に少し違和感を感じるようになってきました。
気管支系に不安のある家族は問題なく回復に向かい
そこの部分は一安心だったのですが
自分の容体が少しずつ悪くなってることに気づき
徐々に不安が生まれてきました。
ニュースや知人の話しでは医療現場が本当に逼迫状態で
自宅療養の方も多いと聞いていたので
自分なりに可能な限りは家で療養しようと思っていたのですが
ついに睡眠もとれないほど呼吸に苦しさを
感じていたため保健所の方に病院を紹介していただき
即入院となりました。
ありがたい事に病室が空いてるとの事で
受け入れていただけましたが
これはかなりラッキーと言われました。
お医者さんからは「なぜもっと早く来なかった」と注意され
今では「抗体カクテル療法」などがあるから出来るだけ
早い段階で受診してほしいとの事でした。
私はもうカクテル療法が出来ない期間だったので
点滴療法との事でしたが
私、生まれつき血管が見えにくく子供のころから
打ちにくいと言われ看護師さん達を困らせていたのですが
もうかなり不健康でさらに血管が見えにくくなってたらしく
採血のみ行い、アビガンによる飲み薬療法となってしまいました。
入院する病院内はTVで観る光景そのままで
看護師さんは動きにくそうな完全防護状態
コロナ患者と医療関係者以外は完全出入り禁止
それはそれは大変な状況でした。
私が入院した病院は中等症までの患者さんだったので
重症化した場合は対応出来る病院に転院するスタイル。
私も中等症患者として入院してたわけですが
体型や基礎疾患を考えるといつ突然急変しても
おかしくないと告げられ毎日が不安でした。
呼吸が苦しくてつらい時期は正直
「死」も覚悟し、その為の準備もしたほどでした。
それでも毎日献身的に対応してくれる看護師さん
リモートでボソボソ喋って何言ってるかわからない医者
そして家族の支えもありなんとか頑張っていましたが
一番は誰にも会えないという事でメンタル的に
相当参った事がありましたね。
いつ重症化するかわからない不安
誰にも会えない孤独感
そして未知のウイルス
本当毎日がしんどかったです
絶対帰るんだと思い続け
入院して2週間、血液検査やCT検査などで
数値的に大丈夫となり9月初旬に無事退院。
家に帰ることが出来た事が本当嬉しかったです。
しかし、帰宅後も呼吸は完全に楽になったわけでもなく
基礎体力も落ちてるため、不安も多かったです。
この私が食事もまともに取れなかったぐらいですからね
よっぽどです。
今はだいぶ回復しましたが
9月中はどっかで後遺症的な症状もあり
本当にコロナは一寸先が闇なウイルスなんだと
体感する事となりました。
ワクチンも1回目は終わり
2回目は明日行ってきますが
抗体がしっかり出来たとはいえ
やはりまだ油断は出来ないと思いました。
ですが、昨日40歳の誕生日を迎え
自分なりに心の整理もつき
世の中もワクチンや色々な事も変わってきてるので
そろそろ動いてもいいかなと思い
新しい事に少しずつチャレンジしていきたいと思います。
周りに恵まれ今の仕事が出来てるのですが
ある意味で様々な方のアドバイスを受け止めすぎ
自分なりに迷う時期もありました。
でも、もう40代に突入。
書家らしくとか、自分の価値がどうとか
そんな事よりも必要とされることに全力に
求められる気持ちに素直に動きたい
自分の形は自分で創ると考えまして
これからは「え?」と思われる事もあるかもしれませんが
色々な事にチャレンジしたいと思っておりますので
書家とか肩書ではなく「TADA」として
見守っていただければと思います。
手始めにYouTubeでもやってみようかな?みたいなww
TADAちゃん!こんな企画やってほしい!とか
TADAちゃんのこんな企画見てみたい!など
何かアイデアありましたらお願いいたします♪
今は子供達や近所の子供達や
相談した人たちとちょっとずつ企画を考え中です♪
どんな企画でも最後に一筆書きおろすというのは
お決まりのスタイルにする予定ですがww
と、ここ最近が特に色々あったわけでございます。
コロナ、人それぞれ考え方やとらえ方はありますが
体験者として伝えられる事は
今後やっていきたいと思っています。
病院にもよるかもしれませんが
コロナ患者病棟の看護師さんは
自宅に帰れず家族にも会えず
宿泊施設と病院の往復と聞きました。
連休が出来た時だけ帰宅が許されるのだとか。
その他にもプライベートをかなり削ったり
外出も限りなくギリギリまで制限したりと
医療従事者の皆さんは本当に大変な状況だと思います。
ワクチンなのか、予防の行動なのかは色々ですが
それぞれが出来る方法で予防して行くことが
そんな医療従事者の皆さんの助けにもなるし
なにより自身の命を守る事にもなります。
世の中には「風邪と一緒」という人もいますが
体験者としてはインフルの時も風邪の時も
感じた事のない症状や苦しさがありました。
しっかりとした情報を集めしっかりとした対策をしてほしいです
かかってから、まして重症化してからでは遅いのです
自粛生活で1年8ヵ月。
コロナ発症から1ヵ月。
そして後遺症的な症状期間で半月。
40歳から新しいTADAを目指します♪
動きも少しずつ増やしていきたいと思います。
「最近TADAちゃんと会ってなかったなぁ」とか
「TADAちゃんが動くなら楽しい事一緒にしたい」など
思っていただける方はどうぞ遠慮なく声かけてください♪
マイペースではありますが
出来る事からご一緒に楽しい事をやりたいと思います!
どうぞ。
よろしくお願いいたします!!
TADA