森巌寺は東京都世田谷区代沢にあります。小田急線の下北沢駅南西口から三軒茶屋方面へ徒歩8分ほどの距離です。

 

森巌寺の開基は徳川家康の次男・結城秀康です。秀康は母の身分が低かったことから長男・信康が亡くなった後も家康の嫡男としては扱われませんでした。人質として豊臣秀吉の養子となった後、関東の名門の結城氏の養子(秀康の子から松平姓を使用)となりました。慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦には参戦していませんが、宇都宮で上杉氏の進軍を防いだ功績で越前北庄68万石に加増されています。

 

しかし、慶長12年(1607年)に秀康は34歳の若さで亡くなっていまいます。遺言として江戸に寺の建立を希望し、森巌寺は翌年の慶長13年に創建されます。秀康の法名「浄光院殿森巌道慰運正大居士」にちなんで「浄光院森巌寺」と名付けられました。寺には秀康の墓自体はなく、位牌が安置されています。

 

江戸時代には森巌寺は「淡島明神の灸」として灸で有名だったようです。その名残で「粟嶋(淡島)の灸」の看板が今も掲げられています。また、淡島明神は、江戸時代には女性や子供に関するありとあらゆるご利益を授ける守り神として信仰されていたようです。今も子の授かりを祈願しに訪れる人がいるようです。その他には針供養として針塚や弁財天などがありました。

 

 

本堂には秀康が開基であることから徳川(松平)の葵紋がありました。

 

 

本堂には入れませんでしたが、中が見えるように開いていました。阿弥陀如来立像があり、像の下の厨子の中に秀康の位牌が安置されていると思われます。

 

厳密にはお墓ではないですが、墓マイラーとして第1号は森巌寺でした。下北沢の近くの住宅街に、このようなお寺があるとは知りませんでした。街とお寺は結構身近にありますね。

 

 

と言いつつ

墓マイラーはこれから始める、見習いですハイハイ


コロナで外出しない期間があった時、たまたま観たYoutube動画から歴史に興味を持ち出しました。勉強していくうちに、お墓にも興味を持った次第です。


このブログにアウトプットする内容は単純です。

  • お参りする寺社仏閣の紹介
  • 関連人物の学んだ内容の紹介


学んだ内容には出典が無いものや、私見が入る事があるかもしれませんが、悪しからず。

私の記載に補足や間違えてる事があればコメント頂けると喜びます。


今後のプランとしては都内を含む関東近郊の仏閣を訪れ、大きな連休があれば関東から遠方へ訪れていこうと考えています。まずは近場から参っていきます。


写真は台北にある、本願寺台湾別院。

当分、海外の寺社仏閣の紹介予定はないので最初にあげました。