トラックメーカーの日野自動車の株価が大きく下げました。
これは買いのチャンスか?
いや競合の方がいいか?
などと考え、トラックメーカーについて纏めてみました。
長文で恐縮ですが、ご興味ある方はご一読下さい。
(1) 自動車の分類;
自動車は、その用途によって大きく「乗用車」と「商業車」とに分かれる。
この2つは用途だけでなく、根本的に異なる点がある。
それは、乗用車は「消費財」であり、商業車は「生産財」である事。
この性質の根本的な違いにより、客層、売り方、販売網の姿、など、
商売の形態が大きく異なる。
生産財である商業車は稼働が命。
使い倒される一方で、故障などで動かなくなれば顧客(企業や商店)のビジネスが止まる。
従い、故障し難い事(頑強さ)や、万一故障した際の修理の早さ(アフターサービス体制)が
乗用車以上に重要となる。この為、頑強さやアフターサービスで顧客の信頼を
勝ち取ると、その後も継続して購入してもらえる可能性が高い。
つまり、最初の1台を納入する事、そしてそのフォローを完璧にする事、この2点が
販売拡大の為には非常に重要。
購入にあたってはリースを利用するケースが圧倒的に多く、リース期間切れの
時期が買い替え促進の絶好のタイミング。逆にこのタイミングでヘマをすると、
買い替え需要を他社に取られるリスクが大きくなる。
車の構造も乗用車と商業車とでは異なる。
使い倒しても壊れ難い、かつ重い荷物を載せる必要性などから、商業車は
フレーム構造(堅牢な梯子型のフレームにボディを載せた構造)のものが多い。
対して乗用車は広い空間を確保しやすいモノコック構造(フレームがなく、
外板そのものに強度剛性を持たせた構造)のものが多い。
注) 但し、乗用車でもプラドなど四駆の一部などでフレーム構造のものはあり、
商用車でもバンなどでモノコック構造のものもあるなど、例外はある。
商業車については色んな分類方法があるが、ここでは業界団体「自販連」の
統計にならい、以下の通り分類する。
・軽貨物; 一般的に「軽トラ」と呼ばれるものや、軽のバンなど。
・登録車で最大積載量2トン未満のもの; 普通運転免許で運転できる。
・登録車で最大積載量2トン以上のもの; 準中型免許以上が必要。
→ 自販連は「大中型貨物車」と呼んでいる。
・バス (定員11人以上); 準中型免許以上が必要。
注) 免許取得時期によっては普通運転免許で準中型を運転できる人もいる。
(2) 自動車(新車)の国内総市場;
過去の販売台数推移は下図の通り(軽自動車も含む);
日本の新車総市場は2000年代前半は 580万台超で推移。
2007年からの原油価格急騰 (WTI先物価格が2007年1月の $50から2008年7月には
$145に急上昇)を受けたガソリン/軽油価格高騰などを受けて自動車離れが進み、
2008年にはリーマンショックもあり更に減少、2009年には 460万台に減少。
2010年には 495万台まで回復したが、2011年には東日本大震災の直撃を受け
421万台まで減少。
しかし翌2012年には復興需要もあり 536万台に急回復、以後は500万台前後
以上で推移していた。
ところが、コロナ禍に入った 2020年には 459万台に下落、
そして昨年2021年は444万台に留まった。
その間、乗用車が全体の80〜85%、商業車は15〜20%で推移。
2003年から2021年の中間値からの振れ幅は、乗用車が ±15%に対し
商業車は ±24%と大きく、経済の影響を受け易い傾向にある模様。
商業車の2021年の内訳は下図の通り;
台数的には軽がほぼ半数を占め、軽も含め普通免許で運転できるものが約9割を占める。
しかし、普通免許で運転できる商業車は安いものでは数十万円、高くても
せいぜい200万円程度以下が多い中、大中型貨物車やバスは単価が高額で
中には数千万円に至るものもあり、売上金額(及びメーカー決算への影響度)で
言えばこれらの比率はかなり大きくなる。
(3) ブランド別の台数;
2021年のブランド別の日本国内販売台数(軽自動車を含む)は以下の通り;
多くのメーカーが乗用車主体である一方、以下4つのメーカーは乗用車を販売しておらず、
商業車に特化。この4社が「トラックメーカー」と呼ばれている。
主要株主(信託口を除く)の持株比率をカッコ内に記す。
①いすゞ自動車 (三菱商事 8.2%、伊藤忠系 6.8%、トヨタ 5.0%)
②日野自動車 (トヨタ 50.1%)
③三菱ふそう (ダイムラートラックAG 89.3%、三菱グループ会社10.7%)
④UDトラックス (いすゞ 100%)... 昔の日産ディーゼル
特に大中型貨物車市場は、この4社が独占している。
①②が上場企業で、③④は非上場。
(4) トラックメーカーの状況;
トラックメーカー各社の2021年の国内販売台数は以下の通り;
各社、軽の取り扱いは無し。日野はトヨタ車(ダイナ、2t未満)も製造しトヨタに
供給してているが、上記には含めていない。
いすゞと日野が2強だが、UDトラックスも含めると、いすゞグループが頭一つ
抜き出ている。しかし、日野が製造しているトヨタダイナの台数が不明で、
これも合わせると日野といすゞグループの台数は拮抗しているかもしれない。
(5) いすゞと日野の比較;
2強であり、かつ上場企業でもある、いすゞと日野の状況は以下の通り;
売上推移(単位 100万円)
2021年3月期までは、いすゞの売上は 2兆円前後、日野の売上はその 8〜9割程度で
推移していたが、2022年3月期以降はいすゞはUDトラックス連結もあり増加を
見込むのに対し、日野は後述の不正問題もあり差を付けられる見込み。
営業利益率
いすゞは平時で8%程度であまり高くないが、日野は4%程度で更に悪い。
コロナ禍の2021/3期は各々 5%/1%程度まで悪化したが、今期(2022/3期)から
回復し始め、来期には平時に戻る予定。
販売台数(4月〜3月)と株価関連指標;
2020年4月〜2021年3月の12カ月間の販売台数は上記の通り、
いすゞは 55万台、日野が 25万台と、いすゞの半分以下。
但し、いすゞはタイで製造しているピックアップ(派生車含む)を29万台
含んでいる(日野は同様車種を持っていない)。
一方で、日野はトヨタからの受託生産を 11万台弱含んでいる (ダイナ、
プラドなど)。受注生産車の販売リスクはトヨタ負担と見られ、その分
利益率は低いと推察され、これが日野の営業利益率が低い背景と考えられる。
これらを差し引いた真っ向勝負の車種では、いすゞが26万台、
日野は14万台で、いすゞの勝利。国内販売の差は小さいが
輸出で大きく差が付いている。
時価総額は、いすゞが日野の3倍弱。
PERは、日野の今期見通しが不正問題にはより赤字なのでPERが
計算できないが、来期の利益見通しで計算すると11.0で今期のいすゞに
近い数値になる。但し同様にいすゞも来期の利益見通しで計算すると
8.7とより割安になる。
配当利回りは、いすゞが上。
株価推移
月足
いすゞはコロナ禍開始の2020年1月から下げたが、同年4月以降は上昇基調。
日野も同様の動きだったが、本年3月、後述の不正問題で大幅に下落した。
日足
日野は3月4日の不正問題公表を受け大幅に下落し、以後は安値圏で推移。
いすゞも日野の問題の連想売りなどで下落したが、急速に回復した。
(6) 日野の不正問題;
本年3月4日、日野は日本市場向けエンジンの認証申請にてエンジン性能を
偽る不正行為があったこと、及び当該エンジン3機種とその搭載車両の
出荷を停止する事を決定。
搭載車両の今年度の販売台数は月平均 1,879台、年換算で22,548台。
3月29日、国交省は当該エンジンの認証を取り消し。
同日、日野は、上記不正問題に絡んだ特別損失 400億円の計上と
販売停止車両の売上/利益減少、及び別件のリコール費用積み増しや
米国の補償費用積み増しなどを理由に今期の売上/利益を下方修正。
今期最終損益は赤字転落する見込みとなった。
不正問題の影響がどうなるか?
→ 認証を取り直すまで当該エンジン(それを積んだ車両)は製造販売できなくなる。
→ 認証には耐久テストも含まれるので、数ヶ月はかかる。
→ そもそも認証を取れずに不正したエンジンなので、改良せねば認証手続きを
開始すらできない。短期間で改良できるのか?
一般的にエンジンの性能は色んな要素がトレードオフの関係にあり(燃費良くすれば
加速が落ちる、などなど)、それらの絶妙なバランスを取って製品化に漕ぎ着けて
いるので「改良」と言ってもそんなに簡単な話ではない。
顧客には既存の代替エンジンを積んだモデルを勧めるのだろうが、うまくいくか?
下手をすれば年間2万台規模(日野の国内販売の1/3)の販売を失う恐れあり。
⇒ リース期間切れなどのタイミングで適切な製品を顧客に提供できない場合、
顧客をいすゞなどの競合に奪われる(上述「初めの1台」を入れられる)事にも
繋がりかねない。
(7) いすゞ、日野の株は買いか? 売りか?
まずはトラックメーカーが買いか? 売りか?
・景気敏感株
・脱炭素の動き
・原油高騰
・災害発生時の復興需要
その中で、いすゞと日野のどちらか?
・現時点でどちらの方が割安か?
・どちらの方が上昇余地が大きいか?
・日野の不正の影響(いすゞが顧客を奪えるか?)
これらの要素が考えられるかな、と思います。
以上です。
尚、この記事は売り、買いを問わず、投資推奨ではありません。
当時は自己責任でお願いします。
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