2022年2月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻を始めた。そう、戦争の勃発。
奇しくもそのちょうど2ヶ月、私はその地にいた。
大学での目標を果たすために。バックパッカー旅をするために。
東南アジアやインドなど、バックパッカーの聖地でするのかと思っていた。
しかしそんなことはなく、ウクライナですることになった。
その時の話を記録しておきたい。
時は2021年12月
私はぶっ飛んだ人が、好きである。
趣味が「焚火」であったり、旅行好きすぎて世界遺産検定1級を持っていたり、スピーチコンテストで優勝したり。
自分の想像を超えてくる人間。
世界中旅してるこーたもその一人。
とあるイベントの実行委員長をしていたとき、メンバーとして参加してくれたのがきっかけ。
Zoomでの自己紹介で彼のぶっ飛びさに秒で惹き込まれた。
聞けば彼はふらっと海外を旅している。旅した国の数はいくつなのだろう。
そんな彼と旅路を共にしたく、実行委員期間中、口説き倒した。
バックパッカーなんて一人じゃ怖くてできない。誰かの後ろについて回りたい。
だけどツアーのような決まりきった内容に従うのも嫌だし、その金銭的余裕も無い。
バックパッカーを目標として掲げている割には強欲すぎる。
こーたは秋学期、大学を休学し、東欧を周遊している。
そこに合流し、1ヶ月一緒に旅できることになった。
サークル活動が一段落する12月頭から年末年始にかけてヨーロッパに行く。
当時はコロナ禍真っ只中。
大学の授業は全てオンラインだったので、旅先で受けることにした。
夜中3時、こーたが寝ている横で、
「今どこいるのー?」
と教授や受講生と話した記憶。
旅程は
ルーマニアに始まりハンガリー、スロバキア、セルビア、ポーランド、ウクライナなど、東欧を何カ国も巡る。
こーたは年末に帰国し、私はその後陸路でスイスに向かい、現地の友人宅で年越しをし、ドイツで別の友人に会い、帰国、の予定だった。
そう、予定「だった」
後述するが、結果的には大幅な修正があり、
1週間のルーマニアの後、20日間のウクライナという、2カ国1ヶ月間の旅となった。
11月の頭に学祭が終わり、サークルが一段落。
12/1成田発の切符を取得した。
カタール航空。評判が良く楽しみであった。しかも学生割引で大幅に安くなった。学生にはお勧めです。
成田空港からドーハ経由、ルーマニアブカレスト着で4万円を切る(片道)。
復路を取らなかった理由は、予定が分からなかったから。バックパッカーならでは、行き当たりばったりの旅をした。
出発を間近に控えていたとき、2つの知らせが入ってきた。
一つがオミクロン株の流行で日本帰国制限を設けるというニュース。
自国民すら受け入れないということで大バッシングを受け後々解消するが、帰れなくなる可能性がある状況でメンタルがえぐられた。
2つが、こーたがクレジットカードのスキャニングに遭い、20万円盗まれたということ。
二つとも悪い知らせだった。
どちらも旅出を断念するくらい大きな出来事なのかもしれないが、バックパッカー欲にまみれた私はそんな状況でもどうにかして出発したかった。
自分の夢が果たせそうな時の、わくわくする感じ。
あの、遠足の前日のような高揚感。
それにはかなわなかった。
もとい、ブカレスト行きのチケットを無駄にしたくなかった。
前者は私次第であるので渡航できる限り大丈夫。
問題は後者。
こーたは盗難で金が無いため東欧旅を早めに切り上げようとしていた。
そこをどうにか引き留めた。一人で初めての海外バックパッカー、しかも東欧は耐えられない。
今思えば、我儘な私に対して彼は優しすぎた。
その代わり、東欧の色んな国を巡るのは断念し、一国に滞在することにした。
それがウクライナ。
なぜウクライナ?
安いから。ただそれだけ。
戦争間際の国だからなのか、国自体が貧しい。一言で言えば、途上国である。
ヨーロッパで途上国っていうといまいちピンと来ないが、ウクライナの各地旅してみると、なんとなく分かった気がする。気がするだけ、かも知れないが。
それだけ貧しい国だった。たかがアルバイトしかしていない大学生が1ヶ月旅行という贅沢をできるぐらいなのだから。



