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びんたくの麻雀夢想録

麻雀の打ち方とか技術とかには興味がない。
それもよりも「麻雀」という遊戯について
違った視点から語ります。

進化というべきか進歩というべきか、以前までの
ノーレート麻雀への意識が、または意欲がここへ
来て向上した。
以前まではノーレートであっても、例えばゲーム
代を着順に応じて差をつけるなど(1着0円、2
着100円、3着200円、4着300円)しな
いと、どうしてもマンネリ化するというか倦怠感
が湧く感じであった。
でも、このやり方って実はノーレートじゃないん
だよね、ゲーム代沈み前提とはいえ実質順位戦の
レート有状態。点0.5相当かなぁ…。

麻雀という遊戯自体を楽しむのであれば賭ける必
要性はないはず。という一般的なノーレート麻雀
肯定派の信念から云えば、前述のシステムでない
とやる気が出ないというのは信義に反する。
そのシステムに慣れてしまっていたからというの
もあるが、完全なるノーレート、つまり着順に関
わらず定額のゲーム代というのがどうしても辛い。
…と、つい先日まで考えていた。

ところが、先日2度程参加させていただいた知人
主催のサークルでは、その完全ノーレートであっ
たにも関わらず、十分楽しめた。
マナー良く気持ち良く麻雀に専念できたこともあ
るけど、それで十分な意識へと変化したようだ。

やはり麻雀は楽しい。

カルチャーセンターのような施設で、主にお年寄りへ
麻雀を奨励している。
これは麻雀に限らず、将棋や囲碁なども行なわれてる。

しかし、将棋や囲碁はスクールとか教室という名称で
児童相手(児童に限定しているわけではないが)に
指導、指南する施設がある一方、なぜか麻雀にはソレ
がない。なぜだ?
明らかに偏見的な見方で麻雀は不健全で教育上良くな
いみたいになっているのだろうな。

健康麻雀のみの麻雀店は、表向き児童や未成年者を
受け入れている。…が、実際にその手の店で子供を
見たことはない。

最近、相手をするのが非常に難しいことになっている
私の娘に、先日妻からのススメで将棋の基礎を教えて
みた。
学校だかPTAだか知らないが、将棋は「先を読む」
ということを身につけることが教育上良いことらしい。
でも、「先を読む」に加えて「構想を練る(計画する)
」とか検算能力まで身につくであろう麻雀を推奨する
ことはない。

下手な雀荘より児童向け教室として月謝で生計立てた
方が儲かる気がするけどなぁ…
最近は牌をかきまぜて卓上に積みドラがめくれて配牌
もされているような全自動卓がある。
いわゆるアルティマと呼ばれるものだ。

そして先日手積み卓ではあるが、牌のセンサーを感知
して役や点数計算をしてくれる卓まであった。
(実際にはスマホのアプリを連動させるものだが)

その点数計算してくれる卓のある店で打った、とある局
配牌時点でリャンシャンテンだった。
第1ツモで1メンツでき、普通に手ナリで不要牌を1枚
落として、第2ツモでもう1メンツできた。
そのまま残り1枚の不要牌を落としつつ即リーチ。
同巡下家が当たり牌を切ってきたのだが、見落とした。
そのまま次のツモが見落としてしまった牌と同牌…。
アタマが役牌の平和崩れでリーチ一発ツモの千・二千。

配牌だけでなく、アガリまで全自動でした(笑)

↓点数計算してくれる卓


例の知人が主催しているという〇〇〇会に再参加。

開催予告通知が運営側の不手際で正しく発信されず
スタートが1時間半程度遅れた。
この時、その知人(主催)と色々会話できた。

その中で「〇〇〇会って確か“研究会”だった?」
という質問を投げた。
その問いに対する答えは明確且つ明白だった。

当初は本当に“研究会”として立ち上げた。
でも、結局そのことに同意しない考えが多くなって
きた。
2、3ゲーム打って、その牌譜を取り、この時は
こうすべきだった、正着はこれだ、何を目指すべき
か等々、議論を交わすというやり方に皆飽きてきた。
ということらしい。

結局あまり身にならないということもあるかもだが
率直なところ、結果を議論するより、次の麻雀を
楽しみたい。というところのようだ。

それでも今でも意見を求められればマンツーマンに
近い状態で議論することはあるようで、現在でも
局後に振り返りレクチャー的なことをやるシーンは
確認された。

ただ、やはりそもそも俺の持論でもある、「麻雀の
上達ってのは、「慣れ」のようなレベルで点数計算
や牌効率程度の話。その手その手は最高形はあるが
麻雀そのもののレベルは、最初っから上下はない。
その日、そのゲーム、その席、その局で運気が高い
人が、その日、そのゲーム、その席、その局で一番
強い。」が、現状の〇〇〇会の運営指針に行き着い
たことの顕れなのではないかな。
さすがにソイツには言わないけどね。

そして、前回同様に「サークル」になった〇〇〇会
の麻雀をどっぷり楽しみました。
ここでまたひとつ自分の麻雀に対する意識の変化、
変化というより進化?があったことを認識したが、
これについてはまたの時に書く。




麻雀は健康的なのか不健康なのか…
別に麻雀自体が健康・不健康を問うものではなく
麻雀をネタに、たばこを吸うとか酒を飲むとか
賭け事をするとか、そういった行為が不健康と
言うことなんだよね。
麻雀自体は脳トレにもなり、健康的だと思う。

最近、保養所とかは健康増進法とやらで全面禁煙
とかやってるところもあったりする。
健保とかが運営する保養所が多いし、保養施設な
わけだから健康増進法の名の下、全面禁煙は理解
出来るけど、その割には飲み放題プランがあった
り、全自動卓を備えた娯楽室があったり。

将棋や囲碁だって賭けの対象とする人々はいるし
たばこ片手に差す人もいる。
なんとなく麻雀だけが不健康なイメージになって
いるが、それは偏見というもの。

でも、天然100%掛け流しの温泉宿の全自動卓
を備えた娯楽室で酒とたばこを片手に思う存分麻
雀を打ちまくるのが夢。不健康この上なし。
よく、お年寄りのカルチャースクール的なところで
麻雀を取り入れていることを耳にする。
脳トレでボケ防止に良いということらしいが、確かに
麻雀は同じ類の遊戯の中でも、かなり頭を使うね。
さらに同じように頭を使う将棋や囲碁にはない特徴が
ある。「4人でやる」という点。
これはコミュニケーションを生むから、お年寄り同士
で打つことでコミュニケーションが生まれ、別の意味
で脳を活性化させるのだろう。

そんな中で水を差すことになるかもしれないけど、
先日参加したサークルで面白い卓があった。
手積みではあったけど、牌ひとつひとつに何牌なのか
を識別するなにかが埋め込まれていて、所定の位置に
倒牌した状態で配置すると、役と点数を卓が計算して
くれて、音声で案内してくれるという卓。
この機能に、一般的な全自動卓(特にアルティマ台)
の機能をコラボさせると、完璧な全自動卓ということ
になるのかもしれない。
多分、この形が全自動卓の最終形なんでしょうね。

でも、さすがにそこまでやってしまうと、どうなんで
しょうかねぇ。ある程度儀式的にもアナログな状態を
残して置いた方が麻雀という競技概念を考えると良い
ような…。

一方で、たしかに麻雀の世界への入口のひとつの障害
というか壁とも言えるのが点数計算だと思う。
点数計算なんて大したものじゃないよ。って考える人
もいると思うけど、一般的にはこんな複雑な計算体系
を持った競技って少ないんじゃない?
その得点が勝負を決めるわけだから、複雑なんだけど
覚えないわけにもいかない。

点数計算も含めた意味で言えば、これ以上の脳トレは
ないかもねぇ。カルチャースクールやデイサービスセ
ンターとかで麻雀やってるのも納得です。
「人に歴史あり」という。
俺は今41歳です。
その41年間の人生の中で(まだ現在進行形だけど)
大を占めることとなる大きな出来事が27歳の時に
同時に2つあった。
1つは現在のカミさんと婚姻したこと。
もう1つはフリー麻雀デビューしたことです。
25歳で、とあるチャットサイトに嵌り、そのサイト
が27歳の頃閉鎖されたのですが、チャット仲間の
有志でサークルを作り麻雀を楽しんでいたのだが
なかなか毎週のように卓を立てるほどの活動が出来
なかった。そんな折たまたま相模大野にあるオレ
ンジハウスという店がノーレートフリーを始めたと
いう情報得て、サークル仲間でフリー経験がある
かっち氏(ハンドルネーム)と同伴で入店した。

やはり、最初は怖かったね。フリー麻雀ということ
から想像するイメージは果てしなく怪しい世界で。
でも、打つ前に当然のルール説明を受けたけど、
自分らを待つ先客の人が、「おしゃべりとか全然
OKだから」って言ってくれて、とても気さくに
案内してくれました。(その方は今でもFB等で
繋がりがあります(KAY氏))
その後、KAY氏が抜け番になった時、俺を後ろ
から観るシチュエーションがあった。
その時に同卓者(うに氏)からリーチが入った。
最初は現物や筋を打って凌いでいたが、それらが
尽きた時、単純に端牌というだけで無筋の牌を打ち
放銃してしまった。
この時、KAY氏が「捨て牌に1枚と暗刻で3枚あ
るんだから、壁を考えて同じ端牌だったらコッチの
方が比較的安全だし、明らかに不要牌だから。」と
助言してくれた。その時初めて壁とワンチャンスと
いうものを知った。
イケ氏という強いか弱いか解らん男が居た。
ノーレートだからという考え方を持った人だったの
かも知れないけど、とにかく高打点のみを目指す人
で、打ち筋はとても真似しようとか思わなかったが
打牌の仕方がとても綺麗で、アレは何か名称がある
のかなぁ、中指と親指で摘んでクルっと半回転して
卓に置く奴。アレを覚えたくて自宅の牌を一枚職場
に持っていって、小学生が鉛筆回しを覚えるのと同
じ要領で、暇さえあれば練習してました。

点数計算もこのお店で打つようになってから覚えて
いきました。それ用の本まで買って符の考え方から
学んでいきました。今思えば基礎の基礎から学んで
しまったため、却って複雑に考えてしまうようにな
ってしまったことで、現在でも点数計算が100%で
ない状態なのが悔やめるんだけど、これがなかなか
治らない。
つまり、初期の20符を勘定してしまうのが無駄にな
っている。具体的に言うと、どういう風に思考して
いるかを文章にすることになるんだけど、例えば…

發發發②③④七七45 (晒)⑤⑤⑤ ツモ6

こういう時、ツモッた瞬間に勘定しようとすると、
發暗刻=8符、⑤明刻=2符、ツモ=2符 計12符
というところまでは良いが「ここに基礎点20符足し
32符だから切り上げ40符で」1翻ツモなら400・700。
というこの「」内が無駄なんだけど、どうしても
そこを思考しないと計算できない頭で固まってしま
った。
本の知識を入れなければ多分、「12符1翻ツモなら
400・700」ってことになっていた。
基礎点20符を考慮しないで計算できていたのだが、
これに改めることがもはや諦めの境地。
でも、これもすべて人生歴史の1頁とするしかない。
記録は塗り替えれても歴史は塗り替えることができ
ないのだから。

このお店はノーレート会員になると、通し番号で
会員番号がふられました。先述のKAY・ウニの
両名が№2と№3でした。イケが№37で、私が№42。
№50くらいまで行った頃だと思うけど、その頃まで
は結構客が付いて順調でノーレート会員限定の大会
まで開催されました。店の7卓フル稼働で。
決勝卓4名になぜか選ばれて良い思い出です。
ただ大会後辺りからかな、徐々に新規客が来なく
なり、且つ来店者も常連化する人は少なくなって…
そんな50番代以降(最後は150番以上だった気が)
で常連化したのが、チー兄さん・桜井・友重・だふ
ね・アーリー・ゴクウ・つかぴょんの6名だった。
桜井・友重の2女性はメンバーへの転身だったり
ノーレート卒業して点5中心になったり、アーリー
は麻雀自体から卒業したっぽく、27歳から始めて
37歳くらいまで丸10年を費やしたオレンジハウス
ノーレートだけど後半の5年間はチー兄さん・だふ
ね・ゴクウ・つかぴょんと打ち続ける日々でした。
しかし、この面々がなかなかのツワモノ共でして、
点5からノーレートに転身し店の打ち子も務める
正統派のチー兄さん、第1打からドラを切り出す
のを信念としてるような曲者で、それでいて地獄
待ち大好きなファンタジスタ(?)のだふね、
体格通りの極太野郎でありながら牌効率もしっかり
した実力者…なんだけど女流プロの追っかけもやる
おかしな男のゴクウ、正直喋りが煩くて、鳴き麻雀
がさらにうっとうしい、でも基本高打点で観てると
面白く、同卓するとウザい奴のツカぴょん。
そんな輩と5年の間、打牌を重ねた経験が今の俺の
麻雀となっている。

そして、この経験を支えてくれたのがオレンジハウ
ス相模大野店であったのだが、37歳の時ついにノー
レートを失くすことになり、みんなチリジリになっ
てしまった。
店の好意で同窓会的な趣向で卓を立ててくれたりで
ギリギリの繋がりは維持されてきたんだけど、それ
も遂に閉店という形で幕を閉じてしまった。
(セット専門店として閉店延期と昨年伝えられたが
先日別の店に居たプロ(?)から再起不能になり実質
閉店したとのことを聞かされた。)
あのお店の存在はかけがえのないものであり、そこ
で得た経験や交友関係は未だに続くものもあり、
この先の人生や麻雀への意欲にも影響していくこと
だと思う。

因みに前回の書き込みで記した、サークル運営して
いる知人が、前述したツカぴょんであり、同サーク
ルの会員にだふねが居ます。
先日の宣言どおり、参加してきました。
研究会?勉強会・セミナー?サークル?なんだったか
忘れましたが、確か戦前の認識では勉強会だと思って
ました。
この麻雀の勉強会ってのが、俺の麻雀に対する信念から
言って相容れないものだったのだけど、一度体験して
みないと、偏見だけになってしまうので過去の知人が
やってる会に参加してみたわけです。
参加してみて、その感想を書き込むつもりだった。

…が、結局勉強会でもなんでもなかった。
ただの(?)サークルでした。
この知人ってのが、たまに後ろからチョッカイというか
「そこは真っ直ぐ打てば良いんだよ」とか要らない助言
を入れてくることはありますが、所謂雀鬼流道場という
ほどのものではありませんでした。
さすがに雀鬼流の道場には体験でも参加する気にならん。
というか、今の自分の基本的な打ち方では出禁になる気
がする。

今回の会が想定しているような勉強会であれば、たっぷり
批評(ほとんど悪評になると思うが)する気だったのだが
残念ながら(?)単なる仲良しサークルの類でした。

でも、独自の(競技麻雀では一般的らしい)お作法があり
それが徹底されているため、気持ち良いくらいマナー良。
ノーレートでもフリーになると、あそこまでマナーの良い
お店はないのではないかと思う。
その点が、お店としてやっているのではなく、ある程度
独立した「会」として運営されているからなのだろう。
そのマナーを含めたお作法を受け入れている人間達だから
個人個人の人間性も好感が持てました。
初めてだったので、一般的なマナーはともかくお作法は
全然うまくいってなかったけど、別にそれについて嫌味
を言うでもなく、快く受け入れていただけました。

俺の嫌いな女流や女流に群れる輩もいないし、会のコン
セプトにあるように麻雀という遊戯を楽しむだけで良い
という人なら絶対にお勧めさせていただきます。

ただ、東南戦は10年近く打ってなかったので疲れました。
あと、余談ですが当然(?)健康麻雀的に禁煙でしたが
普段のホームである下北沢の店は喫煙場所が外なのに対し
今回の店は一応店内にあるため、これからの季節では
良いかも。下北沢の店は今年のあの超大雪の日も膝丈まで
雪に埋もれて吸ってましたから…。
いささか趣旨が異なるが麻雀には最高形とか最終形という
ものがある。
人生には最終形はあるんだろうが最高形ってあるのかな?
麻雀では、得てして想定形になる前に仮テン状態になり、
そこから想定する最高形へと変化させていくというフロー
になるが、それが順目が早ければ、最高形でのアガリも
見えてくるが、遅ければアガリという達成をみず、苦労は
水泡ときす。
人生でも、冒険のできる若いうちに最高形に到達できれば
良いが、最高形になった時、冒険のできない年頃だったら
どうだろうか。
大多数の人は、どこが最高形か判らず齢を重ねていくんだ
ろうな。
それでも少数の勝ち組と呼ばれる人間が存在するから腹立
たしいんだけど。

と、麻雀をネタにしたブログを半ばこじつけてみました。
何度か書いているが、麻雀の強弱は極論ではその時の
結果がすべてであれば、その時の運不運だけです。
だから勉強会だの研究会だのにどれだけの意味がある
のか…と今も変わらぬ思いですが、それでも勉強会や
研究会は沢山存在します。
…ので、傍観しながら客観的に毛嫌いするのもどうかと
思うので、一度どういうものなのか体験してみようと
考えました。
以前のホームグラウンド店で打ち仲間だった男が主催
している会が厚木にありますので、こちらに参加…
というか観察しに行くことにしました。
そのうえで、またこの場を借りて個人的な意見を述べ
させていただこうと思います。
22日の土曜日に予約しました。