さて、移り気な日本人は最近ラグビーに夢中です。
そして、あの独特な五郎丸選手のルーティーンに
注目が集まっています。
独特過ぎるので注目されていますが、アスリート
は多かれ少なかれ皆ルーティーンを持っています。
プロ野球の広島カープ前田投手も色々なルーティ
ーンを持っていることで比較的有名です。
また、結構解りやすいのが大相撲の力士達ですね、
しきりが制限時間いっぱいになって「待ったなし」
の最後のしきりを前に、力士毎に色々な動作をする
けど、一人一人だいたいいつも同じ動作をします。
琴奨菊関はイナバウワーのように仰け反ることをし
琴勇輝関は「ホウッ」と雄たけびをあげるし、旭日
松(最近見なくなったけど)は笊に入った塩を全て
撒いてるんじゃなか?と思うほどに大量の塩を撒く。
多少、パフォーマンス的なところもあると思うけど
まぁ、パフォーマンスです。なんて答える奴はいな
いと思うので、自称ルーティーンってことでしょう。
アスリートと言いましたが、別にスポーツ選手に限
ったことでもないでしょう。
俺も麻雀打つ時は、或る程度ルーティーンやってる。
配牌の持ってき方とか、座る姿勢とか、下着の色とか
果ては打つ前に一杯やるとか…
ぶっちゃけちゃえば、ルーティーンなんてゲン担ぎ
やマジナイの類でしょう。
スポーツでは、何をやったって結局最後は自身の行為
が結果として出るから、ルーティーンの意味なんて
そんなにあるのか?と思ってしまいますが、こと麻雀
の場合、運の要素がとても大きいので、どうしても
ゲンを担ぎたくなってしまいます。
それをルーティーンとするか否かですが、毎日変えず
に行なっている所作なので、まぁルーティーンという
ことで。。。
そういえば、昔の根城で、リーチのたびにドラゴン
ボールの孫悟空のフィギュアを自席の起家マーク置場
に据えるというルーティーンをやる奴が居たなぁ…。
しかもその男、別に目が犯されてるわけではないのに
麻雀打つ時だけ、医療用眼帯を必ず左目に装着してた。
あれもルーティーンなのかな?
続けることは力になっていく。
石の上にも三年……まぁ、大体はそうだ。
でもすべてがそうだとは思わない。
それは、続けていく何かが特定されるの
だと思うけど、続けている人にもよる。
と、俺は思う。
「何か」と「人」との相性とか、ただ続
けているのではなく、どのように向かっ
ているか、挑んでいるかという「姿勢」
も大きく作用すると思っている。
実は今、とても仕事に悩んでいる。
これは会社の考え方と自身の思いが相反
しているから。
会社によっては個性を重んじるというか
ある種、職人的な能力を伸ばし重んじる
とこがある。多分、製造業に多いだろう。
一方、個性を伸ばすのではなく、満遍な
くオールラウンダーを育てていこうとす
る会社もある。サービス業や商社等に多
いと思う。
ウチは銀行の看板を背負った金融業で、
明らかに後者の考え方だ。
銀行業というとても幅広い業務幅の中の
ごく1部門に特化したグループ企業なの
だが、その1部門の中も多岐に渡る仕事
があり、一つ一つが課と言う形で切り分
けられている。
そして課の仕事を続けていけば当然だが
その仕事の上では職人的な技能も身に付
く、当然本人のヤル気次第だが。
課の長たる者は必ずしも職人ではない。
どうしたって管理者であるならば、人事
的なマネージメントが中心になり、現場
実務能力は後回しになる。
でも誰かが職人つまり実務のプロを務め
ないと仕事が回っていかない。
そして会社側も課の長もそういう者を育
てようとはしている。
期毎に個人に目標を設定させて、会社が
それを査定し、会社側の期待に沿うもの
かの判断がされる。
向上意欲のある者なら当然貪欲にスキル
を習得していき、何年か続けていけば最
後には職人のレベルまで昇る。
私は入社以来やりたい仕事があったが、
その仕事を担当する課に配属されるまで
約11年を要した。配属されてからは闘志
剥き出しで職人レベルまでスキルの習得
に勤しんだ。
課の長にも周囲にも一目置かれるくらい
まで成長できたと自認している。
ところが、配属され丸5年の日に突然の
異動発令。
辞令を貰う際に、お偉いさんに言われた
一言がどうにも納得の行かない内容であ
った。
「いろいろ知り過ぎたので、しばらく離
れてもらう。」というもの。
異動先の長には過度の期待を寄せられて
いるようだが、悪いけど俺もうまったく
ヤル気ないですから。
私は例えそれがとても小さな世界、コミ
ュニティーであったとしても、その器が
本人の器の大きさと同じものであるなら
そこでの頂点を目指せば良いのではない
かと考える。
本人が考える器には小さいものだと感じ
るのであれば、外の世界に踏み出せば良
いので、それは会社側や第三者が判断す
るものであってはならないと思う。
効率化だとか企業努力だとか騒ぐのなら
一人の能力が二人分、三人分になるよう
に伸ばすことも考えないのだろうか?
オールラウンダーはすべての仕事が80%
処理できる人間だが、実際に処理するの
は配属先の一つの仕事だ。
職人レベルの人間は、処理できる仕事は
一つに限られてしまうかも知れないが、
本来二人必要な処理を一人で済ますこと
が可能なのだ。
すまん、麻雀blogなのに何書いてるのや
ら。本来ならFacebookに書く内容だな。
でもそれぐらい悩んでいる。
どーせ、このblogはFacebookにシェア
させてるから同じか……。
麻雀も結構続けてるな。色々と続けるに
は弊害となる事柄も多く経験したけど、
それでもなんとか続いている。
弊害の主な要素はやはりこのblogで何度
も訴えていることだが、麻雀の社会的立
場が非常に宜しくなく、そういう偏見が
影響している。
それでもどこかで無理を強いても続けて
いるのは、やはり楽しいから。
麻雀が楽しいからだ。
麻雀の強弱なんて概念自体が疑問なので
仕事のように、続けて職人になるような
ものではないと思っている。
強くなりたいから打ちまくる。みたいな
ことを言う輩がいるけど、そいつは少し
考えた方が良いと思うが、別に意見する
つもりはない。
多分、輩が言うように打ち続けていれば
「強くなる」ではない別の結論が自然と
見えてくると思うから、拙速に意見する
までもないし、別の結論が出てくるその
時は成長したってことだからね。
どんな結論になろうと続けていけば何か
が見える、それが成長というものだ。
私自身は麻雀を続けてくことは、楽しい
ことを続けていくこと。と同意味であり
それ以上でもそれ以下でもない。
石の上にも三年……まぁ、大体はそうだ。
でもすべてがそうだとは思わない。
それは、続けていく何かが特定されるの
だと思うけど、続けている人にもよる。
と、俺は思う。
「何か」と「人」との相性とか、ただ続
けているのではなく、どのように向かっ
ているか、挑んでいるかという「姿勢」
も大きく作用すると思っている。
実は今、とても仕事に悩んでいる。
これは会社の考え方と自身の思いが相反
しているから。
会社によっては個性を重んじるというか
ある種、職人的な能力を伸ばし重んじる
とこがある。多分、製造業に多いだろう。
一方、個性を伸ばすのではなく、満遍な
くオールラウンダーを育てていこうとす
る会社もある。サービス業や商社等に多
いと思う。
ウチは銀行の看板を背負った金融業で、
明らかに後者の考え方だ。
銀行業というとても幅広い業務幅の中の
ごく1部門に特化したグループ企業なの
だが、その1部門の中も多岐に渡る仕事
があり、一つ一つが課と言う形で切り分
けられている。
そして課の仕事を続けていけば当然だが
その仕事の上では職人的な技能も身に付
く、当然本人のヤル気次第だが。
課の長たる者は必ずしも職人ではない。
どうしたって管理者であるならば、人事
的なマネージメントが中心になり、現場
実務能力は後回しになる。
でも誰かが職人つまり実務のプロを務め
ないと仕事が回っていかない。
そして会社側も課の長もそういう者を育
てようとはしている。
期毎に個人に目標を設定させて、会社が
それを査定し、会社側の期待に沿うもの
かの判断がされる。
向上意欲のある者なら当然貪欲にスキル
を習得していき、何年か続けていけば最
後には職人のレベルまで昇る。
私は入社以来やりたい仕事があったが、
その仕事を担当する課に配属されるまで
約11年を要した。配属されてからは闘志
剥き出しで職人レベルまでスキルの習得
に勤しんだ。
課の長にも周囲にも一目置かれるくらい
まで成長できたと自認している。
ところが、配属され丸5年の日に突然の
異動発令。
辞令を貰う際に、お偉いさんに言われた
一言がどうにも納得の行かない内容であ
った。
「いろいろ知り過ぎたので、しばらく離
れてもらう。」というもの。
異動先の長には過度の期待を寄せられて
いるようだが、悪いけど俺もうまったく
ヤル気ないですから。
私は例えそれがとても小さな世界、コミ
ュニティーであったとしても、その器が
本人の器の大きさと同じものであるなら
そこでの頂点を目指せば良いのではない
かと考える。
本人が考える器には小さいものだと感じ
るのであれば、外の世界に踏み出せば良
いので、それは会社側や第三者が判断す
るものであってはならないと思う。
効率化だとか企業努力だとか騒ぐのなら
一人の能力が二人分、三人分になるよう
に伸ばすことも考えないのだろうか?
オールラウンダーはすべての仕事が80%
処理できる人間だが、実際に処理するの
は配属先の一つの仕事だ。
職人レベルの人間は、処理できる仕事は
一つに限られてしまうかも知れないが、
本来二人必要な処理を一人で済ますこと
が可能なのだ。
すまん、麻雀blogなのに何書いてるのや
ら。本来ならFacebookに書く内容だな。
でもそれぐらい悩んでいる。
どーせ、このblogはFacebookにシェア
させてるから同じか……。
麻雀も結構続けてるな。色々と続けるに
は弊害となる事柄も多く経験したけど、
それでもなんとか続いている。
弊害の主な要素はやはりこのblogで何度
も訴えていることだが、麻雀の社会的立
場が非常に宜しくなく、そういう偏見が
影響している。
それでもどこかで無理を強いても続けて
いるのは、やはり楽しいから。
麻雀が楽しいからだ。
麻雀の強弱なんて概念自体が疑問なので
仕事のように、続けて職人になるような
ものではないと思っている。
強くなりたいから打ちまくる。みたいな
ことを言う輩がいるけど、そいつは少し
考えた方が良いと思うが、別に意見する
つもりはない。
多分、輩が言うように打ち続けていれば
「強くなる」ではない別の結論が自然と
見えてくると思うから、拙速に意見する
までもないし、別の結論が出てくるその
時は成長したってことだからね。
どんな結論になろうと続けていけば何か
が見える、それが成長というものだ。
私自身は麻雀を続けてくことは、楽しい
ことを続けていくこと。と同意味であり
それ以上でもそれ以下でもない。
一部のメディアで麻雀ブーム再来か!?
との情報が流れている。
このアメーバの運営会社である、サイバ
ーエージェントの社長や、某経済評論家
がビジネスのうえで、麻雀で得るスキル
が役立つ的な発言がされたこと、孤独死
や痴呆が社会的問題となっている昨今で
健康麻雀によるコミュニケーションが、
その解決の一策になっている。等の報道
が、起因になっているようだ。
しかし、個人的には、その両方の事実を
認識しながらも、アベノミクスによる景
気上向き論同様に、まったく実感がない。
雀荘も相変わらず、出来ては潰れ出来て
は潰れの繰り返し。
経営システムに問題があるのかな、多分
にわかブームではあがなえない要因があ
るのだ。
経営学とか会計とかそういう能力はない
し、店のこととか特に考慮せずに単純に
客という立場でしか考えたことないから
詳しく述べることは出来ないけど、結局
麻雀は4人で遊ぶ遊戯であることが、商
売上、とても面倒なんだと思うんだよね。
そもそも4人で遊ぶ麻雀をダシに商売を
してるんだから、それが儲かる経営に問
題というなら、本末転倒だけど。
それでもやはりソコが問題点なんだろう。
遊んで貰わなきゃ金は入らない。
例えば将棋や囲碁なら二人で遊ぶから、
一人で来店した客に一人メンバーを付け
ればこと足りる。
でも、麻雀になると一人で来店した客に
他に客が居なければ3人メンバーを付け
る(全入りと呼ばれる)必要が出てくる。
当然、常にメンバーを最低3人常駐して
おかなくてはならない。
そうしたら人件費が囲碁将棋の3倍。
それでもただ待たせると評判に影響する
わけで、「お一人様歓迎!すぐ打てます」
のコピーに反するから、どうしたって、
3人常駐は必須要項だ。
にわかブームだから、当然フリー客は増
加しても、そうそうセット客が増える訳
もなく。
セットでもフリーでも店側の収入に変化
はないが、損失面を考えると人件費の問
題から結局フリーは儲からない。
1店につき大体多くても10卓、これを待
ち客有りにしないと、とても雀荘経営は
好転しないし、そのためにはもっと大幅
な経営改革をしてブームを拡大させるか
逆にブームを拡大させてセット客を増加
させ、セットオンリーにするか、でも、
今以上のブーム拡大が図られるならば、
メンバー入りしなくても足りるぐらいに
フリー客が増える可能性もある。
いずれにしろ、今くらいのブームでは、
まだまだ麻雀の将来は暗い。
との情報が流れている。
このアメーバの運営会社である、サイバ
ーエージェントの社長や、某経済評論家
がビジネスのうえで、麻雀で得るスキル
が役立つ的な発言がされたこと、孤独死
や痴呆が社会的問題となっている昨今で
健康麻雀によるコミュニケーションが、
その解決の一策になっている。等の報道
が、起因になっているようだ。
しかし、個人的には、その両方の事実を
認識しながらも、アベノミクスによる景
気上向き論同様に、まったく実感がない。
雀荘も相変わらず、出来ては潰れ出来て
は潰れの繰り返し。
経営システムに問題があるのかな、多分
にわかブームではあがなえない要因があ
るのだ。
経営学とか会計とかそういう能力はない
し、店のこととか特に考慮せずに単純に
客という立場でしか考えたことないから
詳しく述べることは出来ないけど、結局
麻雀は4人で遊ぶ遊戯であることが、商
売上、とても面倒なんだと思うんだよね。
そもそも4人で遊ぶ麻雀をダシに商売を
してるんだから、それが儲かる経営に問
題というなら、本末転倒だけど。
それでもやはりソコが問題点なんだろう。
遊んで貰わなきゃ金は入らない。
例えば将棋や囲碁なら二人で遊ぶから、
一人で来店した客に一人メンバーを付け
ればこと足りる。
でも、麻雀になると一人で来店した客に
他に客が居なければ3人メンバーを付け
る(全入りと呼ばれる)必要が出てくる。
当然、常にメンバーを最低3人常駐して
おかなくてはならない。
そうしたら人件費が囲碁将棋の3倍。
それでもただ待たせると評判に影響する
わけで、「お一人様歓迎!すぐ打てます」
のコピーに反するから、どうしたって、
3人常駐は必須要項だ。
にわかブームだから、当然フリー客は増
加しても、そうそうセット客が増える訳
もなく。
セットでもフリーでも店側の収入に変化
はないが、損失面を考えると人件費の問
題から結局フリーは儲からない。
1店につき大体多くても10卓、これを待
ち客有りにしないと、とても雀荘経営は
好転しないし、そのためにはもっと大幅
な経営改革をしてブームを拡大させるか
逆にブームを拡大させてセット客を増加
させ、セットオンリーにするか、でも、
今以上のブーム拡大が図られるならば、
メンバー入りしなくても足りるぐらいに
フリー客が増える可能性もある。
いずれにしろ、今くらいのブームでは、
まだまだ麻雀の将来は暗い。
芸術の秋と言われます。
スポーツの秋とも言われます。
麻雀の季節です?
麻雀の点数算出法はとても複雑。
余計なことを省いて要領よく覚えてしま
えば、すんなり身に付くと思ってますが、
あえて基礎から覚えようとすると、相当
複雑になり、基礎から覚えてしまうと、
不要な工程を省いた簡単な算出方法に切
りかえることが困難になります。
私自身その状態で頭で解っていても中々
それが出来ないでいる。
例を挙げると、基本的にどのような形で
あがっても必ず基礎点として20点(符)が
付きます。
だから、その20点を考えないで計算して
良いのですが、書籍を読んで基礎から覚
えてしまったため、どうしても頭の中で
20点を足しあげるように考えてしまうと
いうわけです。
具体的に表現すると、役牌暗刻が一つと
シュンツ(1,2,3のような形)が三つと役牌
単独1枚の形で、単独1枚の役牌と同じ
牌をツモってきた場合……
(中中中123②③④七八九發發)
中中中が8点、發単独待ちで2点、役牌を
アタマ(四つの三枚組と一つの二枚組で
あがりだが、この二枚組をアタマと呼ぶ)
にすると2点なので基礎を省略すると……
8+2+2=12点だから役二つで700・1300
と計算する。
ところが基礎を省けないと……
8+2+2+20=32点だから700・1300となる。
文字で表すと大したことではないと思わ
れそうだが、思考の中ではこれが結構煩
わしいことだ。
話が大きく反れてしまったので戻す。
麻雀の点数は、概ねあがりの形の芸術性
で決まると言って良い。
技術点と解釈する人も多いと思うが、麻
雀での技術とは確率を高めることであり、
あがれる確率を高める場合、大概は待ち
を広げることとなるため、あがれる牌の
種類が一種類より二種類、二種類より三
種類と多面張りになればなるほど、あが
りの確率は高くなる。それが技術である
のだが、多面張りにしても点数が高くな
るわけではない。むしろ待ちの薄い、あ
がれる確率が低いものの方が点数が高い
のだ。
したがって、あがりの形の芸術性こそが
点数高低の差に一番大きく作用し、プラ
ス運がこれに加わることになる。
あがった時に見た目の美しい形になるよ
うに、作っていく工程には技術介入の余
地があるけど、往々にして麻雀は技術が
報われないという他には類をみない評価
基準を採用しているのだ。
スポーツの秋とも言われます。
麻雀の季節です?
麻雀の点数算出法はとても複雑。
余計なことを省いて要領よく覚えてしま
えば、すんなり身に付くと思ってますが、
あえて基礎から覚えようとすると、相当
複雑になり、基礎から覚えてしまうと、
不要な工程を省いた簡単な算出方法に切
りかえることが困難になります。
私自身その状態で頭で解っていても中々
それが出来ないでいる。
例を挙げると、基本的にどのような形で
あがっても必ず基礎点として20点(符)が
付きます。
だから、その20点を考えないで計算して
良いのですが、書籍を読んで基礎から覚
えてしまったため、どうしても頭の中で
20点を足しあげるように考えてしまうと
いうわけです。
具体的に表現すると、役牌暗刻が一つと
シュンツ(1,2,3のような形)が三つと役牌
単独1枚の形で、単独1枚の役牌と同じ
牌をツモってきた場合……
(中中中123②③④七八九發發)
中中中が8点、發単独待ちで2点、役牌を
アタマ(四つの三枚組と一つの二枚組で
あがりだが、この二枚組をアタマと呼ぶ)
にすると2点なので基礎を省略すると……
8+2+2=12点だから役二つで700・1300
と計算する。
ところが基礎を省けないと……
8+2+2+20=32点だから700・1300となる。
文字で表すと大したことではないと思わ
れそうだが、思考の中ではこれが結構煩
わしいことだ。
話が大きく反れてしまったので戻す。
麻雀の点数は、概ねあがりの形の芸術性
で決まると言って良い。
技術点と解釈する人も多いと思うが、麻
雀での技術とは確率を高めることであり、
あがれる確率を高める場合、大概は待ち
を広げることとなるため、あがれる牌の
種類が一種類より二種類、二種類より三
種類と多面張りになればなるほど、あが
りの確率は高くなる。それが技術である
のだが、多面張りにしても点数が高くな
るわけではない。むしろ待ちの薄い、あ
がれる確率が低いものの方が点数が高い
のだ。
したがって、あがりの形の芸術性こそが
点数高低の差に一番大きく作用し、プラ
ス運がこれに加わることになる。
あがった時に見た目の美しい形になるよ
うに、作っていく工程には技術介入の余
地があるけど、往々にして麻雀は技術が
報われないという他には類をみない評価
基準を採用しているのだ。
過去にも何度か昔話を書いているけど、
とても心残りになっていることがある。
今から約23年前に、当時西武新宿線の
野方駅に従兄が下宿していた。
学校帰りに立ち寄った時、たまたま四人
集まったことから麻雀打とうという話に
なったのだが、肝心の麻雀牌がない。
どこかで買おうということになり、野方
の玩具店に行ったが置いてない。
その時、メンバーの一人が「たまに文房
具店にも置いてる場合がある」と言う
ので、隣駅の沼袋の文房具店を訪れた。
すると、12,000円というプラスチックの
牌を出してきた。
ドンキホーテとかなら5,000円程度で売
っているものと同じなので悩んでいたら
店主が「そうだ、今なら本当は100,000円
出しても手に入らない筈だけど、特別に
30,000円出してくれれば……」と言いなが
ら、店裏の倉庫らしき場所から少し埃が
かぶったソレを出してきてくれた。
なんと、100%純象牙牌だった。
なんでも店主曰く、先代が店をやってた
昭和50年前後に商品としてたものらしく
当時は貴金属や宝飾品の類もやっていた
ので、当時の主流の竹牌の他に象牙牌も
並べていたのだが、売れずにお蔵入りに
なったらしい。
象牙は採取することは禁じられてるけど
既に採取されたものを売買することは
合法。
30,000円という値段は当時の売値らしい
が、大卒初任給が30,000~50,000という
時代の30,000だから、今の相場で言うと
180,000~210,000というところか。
しかし純象牙牌の新品なんて博物館にも
置いてないので、多分500,000くらい出し
てもおかしくない。
……で、その時俺の財布の中にはジャスト
30,000円が入っていた。
帰りの電車賃とか少し従兄から借りれば
買えないことはない金額だったんだけど
さすがに相当考え迷った。
5,000円で買えるプラスチック牌に12,000
円出すか、手持ち金すべて出して象牙牌
を買うか……
結局、周囲の人間の意外に冷静な言動を
飲んでプラスチック牌にしました。
その時はね。
でも、あとでも相当悩んだ。改めて買い
に行くか、転売目的でも買うべきでは?
とか。
そして、時の流れと共に記憶から薄れて
いき、今に至る。
もしかしたら、まだアノ店とアノ牌、
残ってないかなぁ……でもあの主人はもう
引退しててもおかしくないな。
とても心残りになっていることがある。
今から約23年前に、当時西武新宿線の
野方駅に従兄が下宿していた。
学校帰りに立ち寄った時、たまたま四人
集まったことから麻雀打とうという話に
なったのだが、肝心の麻雀牌がない。
どこかで買おうということになり、野方
の玩具店に行ったが置いてない。
その時、メンバーの一人が「たまに文房
具店にも置いてる場合がある」と言う
ので、隣駅の沼袋の文房具店を訪れた。
すると、12,000円というプラスチックの
牌を出してきた。
ドンキホーテとかなら5,000円程度で売
っているものと同じなので悩んでいたら
店主が「そうだ、今なら本当は100,000円
出しても手に入らない筈だけど、特別に
30,000円出してくれれば……」と言いなが
ら、店裏の倉庫らしき場所から少し埃が
かぶったソレを出してきてくれた。
なんと、100%純象牙牌だった。
なんでも店主曰く、先代が店をやってた
昭和50年前後に商品としてたものらしく
当時は貴金属や宝飾品の類もやっていた
ので、当時の主流の竹牌の他に象牙牌も
並べていたのだが、売れずにお蔵入りに
なったらしい。
象牙は採取することは禁じられてるけど
既に採取されたものを売買することは
合法。
30,000円という値段は当時の売値らしい
が、大卒初任給が30,000~50,000という
時代の30,000だから、今の相場で言うと
180,000~210,000というところか。
しかし純象牙牌の新品なんて博物館にも
置いてないので、多分500,000くらい出し
てもおかしくない。
……で、その時俺の財布の中にはジャスト
30,000円が入っていた。
帰りの電車賃とか少し従兄から借りれば
買えないことはない金額だったんだけど
さすがに相当考え迷った。
5,000円で買えるプラスチック牌に12,000
円出すか、手持ち金すべて出して象牙牌
を買うか……
結局、周囲の人間の意外に冷静な言動を
飲んでプラスチック牌にしました。
その時はね。
でも、あとでも相当悩んだ。改めて買い
に行くか、転売目的でも買うべきでは?
とか。
そして、時の流れと共に記憶から薄れて
いき、今に至る。
もしかしたら、まだアノ店とアノ牌、
残ってないかなぁ……でもあの主人はもう
引退しててもおかしくないな。
そもそも日本国では、一部を除いて原則
賭博行為を禁じている。
一部とは3Kと呼ばれる競馬・競輪・競
艇やオートレース、宝くじ等。
個人的には宝くじがギャンブル(賭博)というのには違和感があるけど、スポーツ
くじ(日本ではサッカーのみ)は明らかに
賭博行為と言えるので、まぁこれも含む。
これらを除いた賭博行為は法に触れる。
だから当然パチンコ・スロット・麻雀は
半ば公然的に賭博行為が行われているけど
すべて違法。
なんとか屁理屈をこねて法の隙間をくぐり
抜けるようにしてるけど、普通に診れば
金銭を賭けて利殖目的で興じている以外
にない。
賭博行為は違法なのに、風俗営業法を遵守
していればおとがめなしなのは、どう考え
てもおかしい。
つまり風俗営業法下では賭博行為を認めて
いるとも解釈できる。
だいたい風俗営業ってどういうものが当て
はまるのか不明瞭。パチンコや麻雀も賭博
行為を除いてしまえば、ゲームしてるだけ
でゲームセンターと同じだし、所謂一般的
な風俗店でも極端なサービスがなければ、
ショーやシネコンと同じな気がする。
ストリップショーを例にすれば、R指定
はあっても普通の洋画でも結構刺激的な
作品はあるし、シネコンで上映すれば
ストリップショーと違わなくない?
裸体で踊ることが芸術に当てはまらない
のであれば各種写真集やヌード美術を全
否定することになりそうだし、芸術に
当てはめてしまえば、シルクドソレイユ
等の舞台ショーと分け隔てるのに疑問符
がつく。
メイドカフェとかも風俗営業になってる
ものと認識してるけど、あれだって単純
に飲食店じゃないの?
そもそも「風俗営業法」というネーミング
にも不満があるけど、「風俗」には違い
ないので、改めるとしたら「風俗」の言葉
の意味を人々が正確に理解することか。
賭博行為は違法なのだから、パチンコ店
・麻雀店の屁理屈を黙認せず徹底的に賭博
行為を廃除するべきで、賭博行為がない
パチンコ店・麻雀店は「風俗営業法」の
縛りから除くべきだと思う。
なんだかんだ言っても、賭博行為がある
から風俗営業になってるわけで、賭博行為
がなければ碁会所やゲームセンターと変わりない。
化石化した古の法「風俗営業法」を現行に
即して改正するか、賭博行為の許認可を
もっと現実的なものとするか、少し考える
べき時期に来てると思う。
賭博行為を禁じている。
一部とは3Kと呼ばれる競馬・競輪・競
艇やオートレース、宝くじ等。
個人的には宝くじがギャンブル(賭博)というのには違和感があるけど、スポーツ
くじ(日本ではサッカーのみ)は明らかに
賭博行為と言えるので、まぁこれも含む。
これらを除いた賭博行為は法に触れる。
だから当然パチンコ・スロット・麻雀は
半ば公然的に賭博行為が行われているけど
すべて違法。
なんとか屁理屈をこねて法の隙間をくぐり
抜けるようにしてるけど、普通に診れば
金銭を賭けて利殖目的で興じている以外
にない。
賭博行為は違法なのに、風俗営業法を遵守
していればおとがめなしなのは、どう考え
てもおかしい。
つまり風俗営業法下では賭博行為を認めて
いるとも解釈できる。
だいたい風俗営業ってどういうものが当て
はまるのか不明瞭。パチンコや麻雀も賭博
行為を除いてしまえば、ゲームしてるだけ
でゲームセンターと同じだし、所謂一般的
な風俗店でも極端なサービスがなければ、
ショーやシネコンと同じな気がする。
ストリップショーを例にすれば、R指定
はあっても普通の洋画でも結構刺激的な
作品はあるし、シネコンで上映すれば
ストリップショーと違わなくない?
裸体で踊ることが芸術に当てはまらない
のであれば各種写真集やヌード美術を全
否定することになりそうだし、芸術に
当てはめてしまえば、シルクドソレイユ
等の舞台ショーと分け隔てるのに疑問符
がつく。
メイドカフェとかも風俗営業になってる
ものと認識してるけど、あれだって単純
に飲食店じゃないの?
そもそも「風俗営業法」というネーミング
にも不満があるけど、「風俗」には違い
ないので、改めるとしたら「風俗」の言葉
の意味を人々が正確に理解することか。
賭博行為は違法なのだから、パチンコ店
・麻雀店の屁理屈を黙認せず徹底的に賭博
行為を廃除するべきで、賭博行為がない
パチンコ店・麻雀店は「風俗営業法」の
縛りから除くべきだと思う。
なんだかんだ言っても、賭博行為がある
から風俗営業になってるわけで、賭博行為
がなければ碁会所やゲームセンターと変わりない。
化石化した古の法「風俗営業法」を現行に
即して改正するか、賭博行為の許認可を
もっと現実的なものとするか、少し考える
べき時期に来てると思う。
世にある競技の数だけ協会団体がある。
スポーツからテーブルゲームの類や趣味
雑学等、何にでもある。
「数だけ」と言ったが、実際は「数以上」
に存在する。
最近ニュースとかで話題になったのが、
バスケットボールの協会団体。
トップリーグが2団体あることで、五輪
への参加資格が奪われる危機に至って、
川淵さんが1団体に統一することに尽力
した。
五輪出場資格に、そういうものがあると
いう、その理由は不明だけど、国際試合
という国単位で争われる場では、特に
チームで戦う競技の場合、必要なことな
のかも知れない。
サッカーも野球もバレーボールもハンド
ボールも確かに1団体だ。
個人種目でも殆んど1団体、柔道・レス
リング・陸上・スケート等々。
例外的にスキー等は、スキー競技の中に
スキーとスノーボードがあるために、
各々に協会団体があったりするけど。
広く民衆の理解を得て、世間に健全な
競技として受け入れてもらうためには、
国際的な競技としていくべきだと思う。
国際的な競技にしていくためには、先ず
国内での更なる普及(活動)とルールの
統一化が必要で、それを成すためにも
協会団体を一纏めにすることが必要と
考える。
麻雀の協会団体は、ローカル団体は除外
しても3~4団体くらいあると認識して
いる。
プロボクシングやプロレスもそうだが、
チャンピオンが団体毎に存在し、真の
王者が誰なのか全く判らん。
麻雀も囲碁将棋のような立位置を意識
するのならば、第一に協会団体の統一化
次にルールを設けて全国統一リーグ化、
ちなみにこのルールは、現在の国際ルー
ルに準ずるものにすること。
次に各国団体と協議して国際試合の整備
とワールドカップ等の企画実施。
この頃には、世間は受け入れてくれると
思うし、賭博的な要素は撲滅されるもの
と推測する。
今のままでは、自滅していくんじゃない
かな、麻雀。
先日も野球賭博で捕まった、巨人の福田
を最初に誘った笠原は、賭博麻雀を好ん
でいたと報じていたし、こういう負の
印象が麻雀を壊していく。
スポーツからテーブルゲームの類や趣味
雑学等、何にでもある。
「数だけ」と言ったが、実際は「数以上」
に存在する。
最近ニュースとかで話題になったのが、
バスケットボールの協会団体。
トップリーグが2団体あることで、五輪
への参加資格が奪われる危機に至って、
川淵さんが1団体に統一することに尽力
した。
五輪出場資格に、そういうものがあると
いう、その理由は不明だけど、国際試合
という国単位で争われる場では、特に
チームで戦う競技の場合、必要なことな
のかも知れない。
サッカーも野球もバレーボールもハンド
ボールも確かに1団体だ。
個人種目でも殆んど1団体、柔道・レス
リング・陸上・スケート等々。
例外的にスキー等は、スキー競技の中に
スキーとスノーボードがあるために、
各々に協会団体があったりするけど。
広く民衆の理解を得て、世間に健全な
競技として受け入れてもらうためには、
国際的な競技としていくべきだと思う。
国際的な競技にしていくためには、先ず
国内での更なる普及(活動)とルールの
統一化が必要で、それを成すためにも
協会団体を一纏めにすることが必要と
考える。
麻雀の協会団体は、ローカル団体は除外
しても3~4団体くらいあると認識して
いる。
プロボクシングやプロレスもそうだが、
チャンピオンが団体毎に存在し、真の
王者が誰なのか全く判らん。
麻雀も囲碁将棋のような立位置を意識
するのならば、第一に協会団体の統一化
次にルールを設けて全国統一リーグ化、
ちなみにこのルールは、現在の国際ルー
ルに準ずるものにすること。
次に各国団体と協議して国際試合の整備
とワールドカップ等の企画実施。
この頃には、世間は受け入れてくれると
思うし、賭博的な要素は撲滅されるもの
と推測する。
今のままでは、自滅していくんじゃない
かな、麻雀。
先日も野球賭博で捕まった、巨人の福田
を最初に誘った笠原は、賭博麻雀を好ん
でいたと報じていたし、こういう負の
印象が麻雀を壊していく。
日本シリーズやクライマックスシリーズ等
の短期決戦ではエースピッチャーが抑えを
務めるような、普段では行わない戦い方が
往々にしてされる。
短期決戦だから一戦一戦の重要性が高く、
特にクライマックスシリーズでは一戦も
落とせない戦いが求められる。
麻雀においても原理は同じ。
大会等で結果を求める必要があるなら、
普段以上に点棒を意識した戦いをせざるを
得ない。
野球のポストシーズンと違うのは、勝敗
だけが問題になるのではなく、点棒状況が
作用する点。
仮に負けたとしても、10,000点の沈みか
20,000点の沈みかによって次戦以降に期待
が残る。
極端に言えば大負けしても大勝ちすれば
元通りということだ。
いずれにしろ、あくまで最終の結果を必要
とするなら、相応の戦い方が求められる。
別にそれ自体に善悪はない。
そういう目標を置いてソレに向かって打つ。
そのためにどのような工夫をするか考えて
打つ。
ひとの打ち筋は十人十色なので、普段から
短期決戦と同じ打ち方の者もいるだろうし
普段と真逆の者も居るだろう。
例えば、速度重視の鳴き麻雀から重厚な
手作り面前高打点に切り替える者、または
その逆か。
普段とは別と言うが普段の麻雀でもオーラス
条件付きという局面では条件クリアのため
に必要な打ち方をするケースはある。
結果が求められる、または結果を目標・
目的とする状況があるなら当然のこと。
麻雀の大会は殆どの場合、「普段」の延長
ではなく「普段」とは切り離されたもの。
だから、参加するか否かは個人の判断に
委ねられる。
参加すると決めた瞬間から、結果を求めて
打つことを表明したことになるわけで、
普段と同じ打ち方は求められない。
もしも「大会だと欲目から普段と打ち方が
違う」と批判する奴が居たとしたら、
そいつはとんでもないアホか見当違いだと
思う。
その批評がされるということは当然その
批評者も大会に出てるんだろう、そして
恐らくは批評者の戦果は良くないものなの
だろうことは想像にかたくない。
大会に出るということは優勝なり入賞なり
求めるのは当然で、そのための打ち方を
するのも当然で、それが普段と違うのも
当たり前だ。
批判する者も大会に出たのだから、優勝
目指して打つべきであり、優勝した者に対し
その打ち方をとやかく言うのはおかしい。
ただし、もし無報酬の麻雀にあくまでも
こだわるのなら、大会に出るべきではなく
あえて出て普段通りの打ち方に徹するので
あれば、優勝者に対し批評するべきでもない。
因みに先日行われた大会は、私個人は
出るか否かかなり迷った。
普段通りの麻雀が好きなので、結果を重要
視する必要が出てくる大会には興味なかった。
それでも付き合いとか体面上の問題や、
大会当日、大会以外で麻雀打つことが困難
な状況から、打てないくらいなら大会に
出てでも打つ……という選択に至った。
普段通りに打ちましたので、結果は惨憺たる
有り様だったことは、以前書き置いた通り。
の短期決戦ではエースピッチャーが抑えを
務めるような、普段では行わない戦い方が
往々にしてされる。
短期決戦だから一戦一戦の重要性が高く、
特にクライマックスシリーズでは一戦も
落とせない戦いが求められる。
麻雀においても原理は同じ。
大会等で結果を求める必要があるなら、
普段以上に点棒を意識した戦いをせざるを
得ない。
野球のポストシーズンと違うのは、勝敗
だけが問題になるのではなく、点棒状況が
作用する点。
仮に負けたとしても、10,000点の沈みか
20,000点の沈みかによって次戦以降に期待
が残る。
極端に言えば大負けしても大勝ちすれば
元通りということだ。
いずれにしろ、あくまで最終の結果を必要
とするなら、相応の戦い方が求められる。
別にそれ自体に善悪はない。
そういう目標を置いてソレに向かって打つ。
そのためにどのような工夫をするか考えて
打つ。
ひとの打ち筋は十人十色なので、普段から
短期決戦と同じ打ち方の者もいるだろうし
普段と真逆の者も居るだろう。
例えば、速度重視の鳴き麻雀から重厚な
手作り面前高打点に切り替える者、または
その逆か。
普段とは別と言うが普段の麻雀でもオーラス
条件付きという局面では条件クリアのため
に必要な打ち方をするケースはある。
結果が求められる、または結果を目標・
目的とする状況があるなら当然のこと。
麻雀の大会は殆どの場合、「普段」の延長
ではなく「普段」とは切り離されたもの。
だから、参加するか否かは個人の判断に
委ねられる。
参加すると決めた瞬間から、結果を求めて
打つことを表明したことになるわけで、
普段と同じ打ち方は求められない。
もしも「大会だと欲目から普段と打ち方が
違う」と批判する奴が居たとしたら、
そいつはとんでもないアホか見当違いだと
思う。
その批評がされるということは当然その
批評者も大会に出てるんだろう、そして
恐らくは批評者の戦果は良くないものなの
だろうことは想像にかたくない。
大会に出るということは優勝なり入賞なり
求めるのは当然で、そのための打ち方を
するのも当然で、それが普段と違うのも
当たり前だ。
批判する者も大会に出たのだから、優勝
目指して打つべきであり、優勝した者に対し
その打ち方をとやかく言うのはおかしい。
ただし、もし無報酬の麻雀にあくまでも
こだわるのなら、大会に出るべきではなく
あえて出て普段通りの打ち方に徹するので
あれば、優勝者に対し批評するべきでもない。
因みに先日行われた大会は、私個人は
出るか否かかなり迷った。
普段通りの麻雀が好きなので、結果を重要
視する必要が出てくる大会には興味なかった。
それでも付き合いとか体面上の問題や、
大会当日、大会以外で麻雀打つことが困難
な状況から、打てないくらいなら大会に
出てでも打つ……という選択に至った。
普段通りに打ちましたので、結果は惨憺たる
有り様だったことは、以前書き置いた通り。
子を持つ親という立場から、どうしても
子をネタに使ってしまいます。
ウチの子、最近珠算を始めました。
自分がその頃、珠算なんて地味過ぎて全く
興味が沸きませんでしたが、子にやらせて
みて、その凄さに驚かされました!
加算だけなら、5桁でも8桁でもバンバン
暗算しちゃいます。
こいつぁ、大人がやっても身につくとすれ
ば……と考えるようになりました。
ええ、もちろん、五面張の安め・高め・
ド高め・ツモ・出上がり・親との点差・
子との点差・期待値など、一度に同時計算
同時記憶が可能になる!と、思考は安易に
麻雀へ向かっていきます。
子をネタに使ってしまいます。
ウチの子、最近珠算を始めました。
自分がその頃、珠算なんて地味過ぎて全く
興味が沸きませんでしたが、子にやらせて
みて、その凄さに驚かされました!
加算だけなら、5桁でも8桁でもバンバン
暗算しちゃいます。
こいつぁ、大人がやっても身につくとすれ
ば……と考えるようになりました。
ええ、もちろん、五面張の安め・高め・
ド高め・ツモ・出上がり・親との点差・
子との点差・期待値など、一度に同時計算
同時記憶が可能になる!と、思考は安易に
麻雀へ向かっていきます。
今年の企業検診は7年ぶりに人間ドックを
受けることにしました。
7年前の人間ドックではハプニングがあっ
たことを、今年人間ドックをやることにした時、思い出された。
ここにそのことを書くのだから、当然麻雀
絡みです。
7年前、その頃はなかなか自由に麻雀が
打てない家庭環境でした。今も大差ないけど。
その時、浅知恵が湧きました。
贔屓のお店の近くのドックを使えれば、
ドック後に直行して少し打てる。という
もの。
朝一番の時間で予約して、最速でドックを
済ませ、速攻入店して打ち始めました。
オーラス親番、微差のトップ目、その時
俺は、急激にもようしていた。
ヤバイ、ほっとくとはみ出てしまいそう。
しかも、下腹部がキリキリ痛い。
そう、バリウム検査後の下剤が効いてきた
のだ。
実は人生初のバリウムだった。
話には聞いていたが、経験がなかったので
症状を認識していなかった。
10順目くらいの頃、微差2着目はダマテン
気配、更にラス目から気合いの乗ったリーチが入ったところで、限界を感じ長期代走
をお願いして店を出た。
店の座トイレは一つしかなく、家庭のトイ
レと同じ型だったので、バリウムが詰まっ
てしまうと、案外冷静に判断して駅ビル内
のトイレへ向かった。
店から駅ビルのトイレまで普通の速度で
歩けば3分くらい。
変な汗を流しながらも平然を装って競歩
並の歩調で3階にある一番近いトイレへ
向かったが満室……仕方なく4階へ向かうも
満室、5階も満室、6階も満室、最上階の
7階も満室、エレベーターで地下駐車場の
トイレへ向かってようやく空室発見。
案の定、詰まってしまったけど、放置。
急いで店に戻ろうとしたが、途上で再び
もようしてきた……急いで4階のトイレに
突撃、再排泄し再詰まりし再放置。
ヨレヨレになって店に戻ると、結局ラス目
が三倍満ツモって、捲られ&親かぶりで
3着まで沈んだことを聞かされ、払うもの
払って帰路につきました。
受けることにしました。
7年前の人間ドックではハプニングがあっ
たことを、今年人間ドックをやることにした時、思い出された。
ここにそのことを書くのだから、当然麻雀
絡みです。
7年前、その頃はなかなか自由に麻雀が
打てない家庭環境でした。今も大差ないけど。
その時、浅知恵が湧きました。
贔屓のお店の近くのドックを使えれば、
ドック後に直行して少し打てる。という
もの。
朝一番の時間で予約して、最速でドックを
済ませ、速攻入店して打ち始めました。
オーラス親番、微差のトップ目、その時
俺は、急激にもようしていた。
ヤバイ、ほっとくとはみ出てしまいそう。
しかも、下腹部がキリキリ痛い。
そう、バリウム検査後の下剤が効いてきた
のだ。
実は人生初のバリウムだった。
話には聞いていたが、経験がなかったので
症状を認識していなかった。
10順目くらいの頃、微差2着目はダマテン
気配、更にラス目から気合いの乗ったリーチが入ったところで、限界を感じ長期代走
をお願いして店を出た。
店の座トイレは一つしかなく、家庭のトイ
レと同じ型だったので、バリウムが詰まっ
てしまうと、案外冷静に判断して駅ビル内
のトイレへ向かった。
店から駅ビルのトイレまで普通の速度で
歩けば3分くらい。
変な汗を流しながらも平然を装って競歩
並の歩調で3階にある一番近いトイレへ
向かったが満室……仕方なく4階へ向かうも
満室、5階も満室、6階も満室、最上階の
7階も満室、エレベーターで地下駐車場の
トイレへ向かってようやく空室発見。
案の定、詰まってしまったけど、放置。
急いで店に戻ろうとしたが、途上で再び
もようしてきた……急いで4階のトイレに
突撃、再排泄し再詰まりし再放置。
ヨレヨレになって店に戻ると、結局ラス目
が三倍満ツモって、捲られ&親かぶりで
3着まで沈んだことを聞かされ、払うもの
払って帰路につきました。