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びんたくの麻雀夢想録

麻雀の打ち方とか技術とかには興味がない。
それもよりも「麻雀」という遊戯について
違った視点から語ります。

麻雀という奴は一般的には4人で遊ぶ
ものだ。
どうしても比較対象となりやすい囲碁
や将棋と根本的に違うのはその人数だ。
しかし、この4人で遊ぶという構造が
他にはない複雑さと面白さの源泉だ。
麻雀は4人で遊ぶから楽しいのだ。
その一方リスクもある。
どかまで行っても結局このリスクが、
麻雀の最大の課題だ。
つまり、4人集めるのが大変なのだ。
だからフリー麻雀というものがある訳
だが、殆どの場合、フリー麻雀=賭け
麻雀。だから思いつきだけでは挑戦が
難しくさせる。
普段、お世話になっているサークルは
参加すること自体はフリー麻雀感覚。
でも決して賭けはしない、ノーレート
フリー麻雀だ。
実際にはどこぞのお店の卓をセット借
りしているのだが、ある程度の会員数
があるので、出たり入ったりの自由が
ある。
それでも最近時間帯によっては面子が
固定化傾向にある。
面子の固定化は、人読みが楽しいもの
だが、麻雀スキルの向上にはいささか
望ましくない。
十人十色の打ち方があるので、より多
くの人間でより多くの打ち筋を味わう
方が、スキル向上には良いのだ。
それは個人個人の強弱は問題ではない。
どれだけスキルの高い者でも負けが混
む日があるのが麻雀の面白いところ。
ビギナーズラックが露骨に顕れるのが
麻雀だ。
だからビギナーとも牌を交わしたいと
皆が望んでいる。
そんなわけで新規の仲間を大募集だ!

麻雀に興味があるけど面子が居ない。
フリーは経済的にも難しい。
普段フリーで打つことはあるけど、
そろそろ一段階上へのレベル向上を考
えている。
毎週定期的に麻雀に興じたい。
麻雀談義に花を咲かせたい。
麻雀をコミュニケーションツールにし
人との交流を深めたい。などなど思い
のある方、是非仲間に加わりませんか?
地理的に無理がある方もいるかも知れ
ませんが、何卒宜しくお願いします。

下記にてご連絡お待ちしています。
http://tsukasakai.blog.so-net.ne.jp/
http://tsukasakai.blog.so-net.ne.jp/

大募集!らしい。
以前投稿した記事についたコメントに「感性で打てなくなった」
とあった。
たしかに、自身も以前のように感性だけでは打てなくなった気が
する。
でも麻雀の中の感性ってなんだろう。決してエスパーのように
直感で打つことではないと思う。場数を踏んで、その中で得た
経験を基に打つことではないだろうか?
ということは、若い頃はその経験値も低いというか根拠になる
ものも薄いもので、歳月と共に同じ経験を何度も重ね、確かな
根拠といえるものに発展して、それが良くない結果を生んだもの
であれば二の哲を踏まないようにする打ち方になる。
だから場数を踏めば踏むほど、歳月を重ねれば重ねるほど感性
だけでは打てなくなっていく。
でも、過去10回経験して10回失敗していたとしても、次の
1回が成功することもある。
2年前の1月に「数十年に一度の大雪」という雪が東京を覆った。
その翌月には「百年に一度の大雪」という雪が降った。
これらはあくまでも発生率を計算したものであって、「百年に
一度の大雪」は向こう百年降らないという話ではない。
これと同じように10回失敗してても次の1回も失敗するとは
限らない。
「世間一般的にこのケースはこうすべきが正着」という云わば
理論派麻雀、デジタルと称する人も居る(デジタル麻雀の考え方
捉え方は十人十色で自身の考え方を否定する者も多く居ると思う
がご了承ください。)の対角線に感性麻雀とか経験則麻雀とか
流れ論者というアナログと称する麻雀がある。
でも感性ってやはり直感ではなく経験則なんだと思う。若く薄っ
ぺらな経験値で打つことは客観的に観れば、ほぼ直感なんだけど
それでもやっぱり低レベルな経験則麻雀でしょう。
老獪な感性麻雀が世間的に言われる「経験則麻雀」ということに
なるかと。
そして、更に経験値が高まった、つまり場数を重ね極めて「過去
100回経験して100回失敗、成功した」というような十分な
根拠を備えた者は「流れ論者」へとトランスする。
流れ論者は「この流れなら次のツモはコレだ!」というのは、
やはり客観的に観るとほぼエスパーだが、本人は過去100回以上
の経験を基にしているため誰が何と言おうと「経験則」なんです。
でも、そんな仙人な奴、逢ったことないです。
自称仙人や、口だけ流れ論者はいるけどね。
麻雀日和って、どんな日だろ。
天気が良い日?外出したくなるような暴雨
の日?他にまったくやることない暇な日?
新年の運試しがしたくなる日?現実逃避
したくなる日?
俺は……麻雀打ちたい日が麻雀日和、でも
それってほぼ毎日だから日和ではない?
でも打ちに行ける日だからこそ打つのだ
から、打てる日が麻雀日和。
別に記事にすることではないけれども、
著名人、有名人の口から「麻雀」という
二文字が発せられると、どうしても気に
なってしまう。
ほらっ、この人だって麻雀に興じている
んだよ。社会に浸透しているんだよ。と
麻雀を嫌悪する人(妻を中心に。)に訴え
たくなる。
ここ最近では、NHKの「鶴瓶の家族に乾
杯」でゲスト出演していた加藤茶が、
「今、趣味になるものを探している。
体調崩す前までは麻雀が唯一の趣味だっ
たが、最近辞めてしまった」と発言して
いた。
また、日テレ「踊るさんま御殿」でゲス
ト出演していたホリエモンが、「麻雀は
良いんだよ、頭が良くなるから。僕の周
りで成功している起業家さんは皆な趣味
にしているよ。」と発言していた。

だいたい、妻はサザエさん症候群の常習
者で、日曜夜にはサザエさん観ないと済
まないうえ、理想の夫像をマスオさんに
しているくせに、マスオさんの趣味は麻
雀だということは理解しないのだから、
何を云っても無駄なんだろうけどね。
記憶というものは凄いものだ。
普段身近にあるパソコンなどの記録は
もちろん当たり前のことのように感じる
が、人間の記憶というのはどこか不安な
もので絶対的に残るものとは限らない。
先日10年ぶりにスノーボードに興じた。
16歳で、自称本州で最初にスノーボード
に挑戦した男と自負しており、そこから
妻が懐妊するまでの16年間続けたスノー
ボードであったが、果たして10年という
ブランクがあって滑れるのか?と不安が
あったが、なんのことはない体の記憶は
生きていた。全然普通に滑れました。
不思議なものだ、記憶ってのわ。

体を使うスポーツなどは体が覚えている
ととうことのようだけど、では体を使う
ものではなく頭で考えるようなもの、
例えば麻雀などは10年20年ブランクを
置いた時、果たして以前のように打てる
ものなのだろうか?
ルールとか点数計算とかは染み付いてる
かもしれないが、技術とか無形のものは
また1から経験を積んで行くことになる
気がする。
どーなんでしょーねー、まぁ何年もの間
飽きもせず打っていても、相変わらずの
弱くて細い麻雀のまま、スキルも頭打ち
になってますけど、今更また1から経験
の積み直しは嫌だな。
てことは、辞めてはならないということ?
再三書いてることだが麻雀の勝敗に係る
最大の要素は運だ。
ルールを理解していれば、運の量だけで
ズブの素人でもプロ雀士に勝つことがで
きてしまう。
逆を返せば、どんなに熟練の打ち手でも
運がなければ勝てない。
でも熟練者は決して「運がない」という
ような言い訳はしない。それをしてしま
うと墓穴を掘ることになるから。
それでも頭の中では「運がなかった」と
間違いなく思っているだろう。
ビギナーズラックという言葉があるが、
麻雀はこのビギナーズラックは結構面倒
な存在になる。
ビギナーは当然ビギナーだから、それま
で殆ど打ってない、少なくともリアルで
は。
ということは限りある運量が満タン状態。
だから無敵に強い。太い。
対して熟練者、特に常連フリーな人は、
直近でもかなりの頻度で打っているため
運量が厳しい。
そうして、ビギナーズラックは起こる。
運量は限りあると言ったが、化石燃料の
ように枯渇するものではない。
どちらかと言えば電力のようなもので、
一定まで貯めておくことは出来るのだが
容量以上には貯めておけない。
それでいて、生産すらことが出来るので
日々貯蓄していくことが可能だ。
だから、最近(麻雀)つかないなぁ…と感じ
たら、是非少し休養することを薦める。
決まって毎週土曜日に打っているという
方なら、せめて一週空けてみるとか、毎
日打ってるという方なら、一日二日空け
てみるとかすると、復帰戦は不思議と調
子が良いものだ。
仕事の都合とかで一月ぐらい打てなかっ
た。というような輩は敵にまわすと危険
極まりないです。
ちなみに麻雀で使う運と、他のギャンブ
ル等で使う運は、決してリンクしません
のであしからず。
麻雀は音楽の要素を持つ。
麻雀はリズムが大事が結構大事だと感じ
ることが打ってる時に思う。
運量や好不調は何をしたって本来的には
変わるものではないのだが、リズム良く
打ってると、それらが増幅されるのでは
ないかと感じてしまうことがある。
逆にとても運が向いていても、同卓者に
リズムの悪い奴がいて、高速道路の渋滞
のように、不規則な流れでリズムが狂う
と、どんどん深みに嵌まってしまう。
とは言え、そもそもそういう輩と同卓に
なるか否か自体が運なので、思い違いの
可能性もあるが。
もう一つ音楽性を求めるのが三味線だ。
麻雀で三味線とは、騙しの意味。
イカサマとは違うが、やって良いという
ものでもない。
クチ三味線、手三味線、理牌三味線が、
代表的。
クチ三味線は、「あーこんなの聴牌も無
理だよー」とか言っておきながら、実は
既に役有ダマ聴牌しているとか。
手三味線は、リーチしてツモった牌が、
全然不要な牌なのに「ツモ」って言いそ
うにな気配を演出して、その近くの牌が
アガリ牌と見せかけるとか。
理牌三味線は、例えば一番左手にある牌
二萬三枚とツモ牌の二萬を倒し暗カンを
して、そのままリーチしてあたかも一萬
が手の内にないようにみせておいて実は
別の位置に一萬を持ってて放銃を誘う。
ヤリクチとしてはどれも姑息で汚い手。
でも、手三味線とクチ三味線はともかく
理牌三味線は別に悪くないと思う。
萬ズを左に置かなくちゃいけないルール
はないし、アガリ申告時には理牌して、
伝えるのはマナーとしても打ってる最中
は、どのように並べてもルールはない。
そもそも理牌しなくたって良いのだし。
ということで、俺は理牌三味線はよく
使ってます。
近年、日本柔道の調子が上がってきた。
柔道は観てると、とても楽しい。
切れ味抜群の投げ技が決まると、とても
気分が良い。
軽量級だと巴投げや背負い投げや袖吊り
中量級だと内股、重量級だと払腰あたり。
古賀や野村や近年だと阿倍などの背負い
は即一本の正に必殺技だ。
柔道には沢山の技がある、背負い一つで
は臨機応変に対処できないから、いくつ
もの技を身につけようと考える者もいる
だろうが、一線級の柔道家は一つの技を
真の必殺技となるよう磨いていくようだ。

さあ、ここは麻雀blogだ、麻雀に持って
行くぞ。
麻雀には必殺技というものはない。
その技(役)であがれば、終了!とはなら
ない。
もちろん、一般的なフリー麻雀ではトビ
を採用しているので、相手の持ち点にも
よるが、役満出あがりでトビ終了という
こともあるし、ブー麻雀(スポーツ麻雀)
と呼ばれる特殊(?)ルールの麻雀なら、役
満でなくとも一発終了ということはある
のだけど、普段世話になってるサークル
はトビを採用していない。
どんなに高額な手であがっても、必殺
つまり終了しないのだ。
トビを採用していたとしても、持ち点が
沢山あれば当然続行だし、放銃した側も
その後あがれば体力回復、挙げ句は勝つ
ことだって不可能ではない。
だから、麻雀には必殺技はないのだ。
また、得意技もないと言っても良い。
好きな技とか、同じ配牌でもどの技(役)
に向けて作って行くかなどの志向の偏り
はあると思うが、配牌も毎戦毎局違うの
だから、一つの技(役)に拘って打つなど
絶対無理で、配牌に応じて臨機応変に
すべての技(役)の可能性を模索しないと
ならず、「この人、一通が得意だから
このリーチも一通だな。」なんてことは
あり得ない。
たしかに、染め技の得手不得手などない
こともないし、先述したように例えば
配牌14枚の内、10枚が同じ柄なら染め技
に進もうと考える者も居れば、進まない
者も居るだろう。
けども、その後のツモ具合も読めないし
明かに他者から絞られるので、すんなり
あがれるわけもなく、あがれないのに
「得意技」なんて言えよう筈もなく。

麻雀には必殺技も得意技も、その概念も
ないのだ。
そして、一つの技(役)を磨くなんてのも
ナンセンス、すべての技(役)の特性を、
利の部分、負の部分ともよくよく理解し
局面局面に応じて臨機応変な役作りが
できるように総体的な技術を磨いていく
ことが大事。