通院していた大学病院では、様々な理由でなかなか手術まで進まずに、利尿剤を飲み続けて経過観察をしていましたが、2011年のある日突然、主治医である教授からケータイに電話を頂きました。

先生曰く、「系列の病院の先生にあなたの話をしたら、腹腔鏡下で手術したいと言ってくれてるけど、どうする?退院したら、また継続して私が診ますよ」と。

いきなりの、知らない病院での手術に不安があったのですが、「信頼出来る腕のいい先生だし、手術の日は私も立ち会うよ」と教授に言っていただいたので、思い切ってそちらの病院で手術を受けることにしました。


手術を受けた病院は都内にあるのですが、「まずは検査を受けて来て」と言われ、ドキドキしながら病院へ。

大きな、立派な病院でした。

2011年なので、コロナのはるかに前なのですが、なかなかセキュリティの厳しい病院で、診察券を既に持っているか、紹介状が無いと入れませんでした。(もちろん私は紹介状持参)セキュリティが厳しいからか、大きな病院なのに外来患者は多くなく、スムーズに診察を受けられました。


ここで初めて手術をしてくださる先生と対面。3月上旬に行きましたが、月末に手術することが決まりました。

先生は、メガネを掛けた優しそうな先生。

診察の後、看護師さんから入院の説明等を、受けてお会計をして帰宅。


ここから手術に向けてドタバタが始まりました。





私の会社では、福利厚生がポイント制になっていて、希望すれば毎年人間ドックを自己負担無く受けられますので、毎年、極力同じ病院での人間ドックを受診しています。

ある年の人間ドックの超音波検査で肝臓に嚢胞がある事が指摘されました。


その時は、まだ経過観察、でしたが、だんだんと嚢胞の数も大きさも増えていき、ついに「要精密検査」となったため、子供の頃からずっとお世話になっていた近所のクリニックを受診し、最寄りの大学病院(子宮筋腫の動脈塞栓術を受けた病院)へ紹介されました。


ここの大学病院の肝胆膵外科の教授が診て下さっていて、とりあえず腹水を減らす為にラシックスとアルダクトンを処方され、毎日服用していました。

嚢胞の増大と共に、だんだんとお腹が出て来ましたショボーン

当時の私は、🎾テニスや🏌️ゴルフ、ジム通いなど積極的にスポーツを楽しんでいましたが、会社のゴルフコンペの時に、「そろそろゴルフお休みしたら?」と妊婦さんと勘違いされて言われる位、お腹が前に出て来ました。


開窓術での手術を希望していたのですが、なかなか手術室の予約が取れないこと(もっと命に関わる緊急度の高い患者さんが多かった)、あとは余りにも嚢胞が多すぎて手術し辛いと言われ、移植しか無いかも?と言われたまま、その病院では移植を行なっていなかった事もあり、経過観察が続いていました。





動脈塞栓術を受けた筋腫は小さくなりましたが、それ以外の筋腫がどんどん大きくなり、13cmまで育ってしまいました。

それでもまだ開腹手術が怖かった私は、腹腔鏡下で手術の出来る病院に転院したいと主治医に伝え、ネットで調べて行きたい!と思った都内の大学病院への転院を希望し、紹介状を書いて頂きました。


そちらの病院では、ホルモンの注射を月に一度、半年間受けて筋腫を小さくしてから手術となり、主治医の先生には、本来なら開腹手術を勧める大きさだと言われつつ、腹腔鏡下の手術で、筋腫を取って頂きました。

長きにわたり、私を苦しめてきた憎たらしい筋腫を見たいと思い、手術後に先生が説明してくださる時に写真を撮って欲しいと母に頼みカメラを託しましたが、使い方を説明しておいたにも関わらず、母が舞いあがってしまい、結局、先生が撮影してくださいました。

腹腔鏡の手術の後は、高熱が続いたのですが、私が退院しないとベッドが空かず次の方が入院できないと5日で退院しました。


このときは、麻酔が良く効いたのか痛みを感じることはほぼ無かったです。

子宮筋腫については、小さな物が残っていましたが、閉経も近いだろうとの事で経過観察となり、もう通院もしなくて良いと言われて終わりました。