今朝、ジョグで駅へ向かう途中、マムートのザックを背負ってジョグをしている女性を発見!自分と同じ属性というかニオイを感じる。汗臭いわけではないですよ。

その後、乗った電車でFBのシェアが自分のツボにはまった(笑)。バイオリンとフィドルの違い、すなわちバイオリニストとフィドラーの違い。
リンクはこちら

日本人的には、全部まとめてバイオリンという方がしっくりくるけど、最近はアイリッシュ系のフィドルのライブがパブやストリートであるのでなんとなく聴き慣れてきているかもしれませんね。

こんな感じ、というリンクはこちら

ハイソな感じがするバイオリンとテキトーな感じのフィドルが、なんだか真面目なロードランナーとテキトーなトレイルランナーの比較に似てるかもと思ってしまいました。もちろん、私は両方やりますし、どちらかというと人のキャラ設定の要素が大きくて競技の問題じゃないとおもうんだけど、自分の周りをみると、どうもこういうパターンにはまることが多いというのを挙げてみました。愛すべきトレイルランナー万歳!!

ロ-ドランナ-はDNFすると「次につながれば」となぐさめられる
トレイルランナ-はDNFすると切腹させられてFacebookに載る

ロードランナーは綺麗なフォームで速く走る
トレイルランナーは無茶苦茶なフォームでどこまででも走る

ロードランナーは疲労抜きのジョグをする
トレイルランナーは疲労抜きの飲み会をする

ロードランナーは練習の流れを考える
トレイルランナーはオールアウトしないと気が済まない

ロードランナーはレース前にピーキングをしてレースに望む
トレイルランナーはレース前にレースに出て故障する

ロ-ドランナ-は車に気を付けなければならない
トレイルランナ-は熊に気を付けなければならない

ロ-ドランナ-は非ランナ-から「すごいね」って言われる
トレイルランナ-は非ランナ-から「変ですね」って言われる

ロ-ドランナ-の自慢、サブ3
トレイルランナ-の自慢、「幻覚見た」

ロ-ドランナ-はラップをkm単位秒単位で考える
トレイルランナ-はラップを一山単位日没までで考える

ロ-ドランナ-が序盤突っ込むと初心者みたいと馬鹿にされる
トレイルランナ-はスタ-トからぶっこんでなんぼだ!

ロ-ドランナ-は酒が強い
トレイルランナ-は強い酒が好き

ロ-ドランナ-にとって箱根は5区と6区
トレイルランナ-にとって箱根はガイリ-ン

ロ-ドランナ-はOSJのレ-スに出ると文句を言って怒る(タッキーさん、冗談ですよ)
トレイルランナ-はOSJのレ-スに出ると文句を言って喜ぶ

ロ-ドランナ-はシュ-ズに詳しい
トレイルランナ-はザックに詳しい

ロ-ドランナ-は「ランナ-ズ」をパラパラと見てフムフム
トレイルランナ-は山地図をじっと見てニタニタ

ロ-ドランナ-からもトレイルランナ-からも変態だと思われているロードのウルトラランナーとかグルグル系24時間走ランナーの立場はどうなるのだろうと心配してしまう。

ロードもトレイルも人生を豊かにする(ですよね)
おめでとうございますと言えるのはもう少し先になりますね。私はこの記事を日本時間21:00にC3上部というFBを見ながら書いています。下山のペ-スが遅れており少し心配です。時間をかければ回復するという我々の登山レベルの標高ではなく、滞留時間が長くなることで血中酸素飽和度(SPO2)が下がるようなことがあれば、酸素ボンベ使用の有酸素登山とはいえ油断はできないとのでは?想像の域ですが…無事にBCまで戻られますようにお祈りしています。

私にとって三浦雄一郎は登山家ではなくスキ-ヤ-だった。もっと言えば、自由なスキ-ヤ-だった。私が学生の頃、ある程度、というよりかなりスキ-にのめり込んでいたのだけれど、基礎スキ-という競技で、採点競技であるためにどちらかというと型にはめ込められていた感がある。そんなときに、なにか雑誌の写真だったか、ビデオ(当時まだDVDはない)かなにかで、三浦ファミリ-が率いるスノ-ドルフィンズがパウダ-(粉雪の深雪+新雪)の中を自由に滑るところを見た。写真だったか、動画だったか覚えていないにも関わらず、そのパウダ-を滑る感覚、足元の浮遊感、男性ならわかると思うが、す-と、落ちていくときに、重力でキン〇マがむずっとする感覚、そいつとドルフィンズの自由奔放なイメ-ジが重なったのをはっきりと覚えている。まさしく、イルカのように自由だった。 You TubeやGoogleで検索してみたが、さすが三浦さんご一家、著作権管理もしっかりされているようで昔の画像は一切出てこない。

ウイキディアのレベルの記載ではあるのですが、彼の人生は自由ですね。ご本人はそうは思っていないかもしれないけど。スキ-連盟と一悶着してアマチュア資格を剥奪されたり(結果、それがプロへの道になるのだけれど)、キロメ-トルランセでいきなり世界記録を樹立したりと。このキロメートルランセという競技はスキ-をあまりご存じない方は、なにそれ?と思うことでしょう。クレイジ-な競技なのです。ただ真っ直ぐ落ちるだけ(笑) そして通過点の最高速度を競うもの。当然、当時の日本に、練習する場所や大会はなく、ヨーロッパの大会でぶっつけ本番だったのだろう。案の定、レ-ス前練習で転倒し、世界最速記録と同時に、「世界最速で転倒して生還した世界記録」も樹立している。ご結婚も学生の身分で学長の助手を口説いているし、プロスキーヤ-、冒険家としての資金調達も、財界、政界をも巻き込み自由奔放に。今回、80歳でエベレストに登頂されたわけだけれど、これも精神的、肉体的な固定概念にとらわれず自由だ。う~ん、真似できん。自由すぎる(笑)

今年のUTMFの開会式においては、三浦さんは高度順化のためにエベレストにおられ、そこからのビデオメッセ-ジが用意されていた。名誉会長という、いわゆる「名前貸し」だと思う方も多いだろう。私もそう思っていた。そこで人から聞いた話ですが、エピソ-ドを1つ紹介したいと思います。本当はオフレコギリギリなのかな?昨年のUTMF第一回大会において、ある若手トップ選手が天子山脈の序盤でリタイヤした。限られた下山ル-トを降りたところで、優しい老人が待っており、車に乗せてもらい西富士中学校へと戻った。その選手はお若い方なので、優しいご老人が三浦雄一郎氏とは気づかず、地元の優しいおじいちゃんかとでも思ったらしい。あとで知って恐縮したそうですが。若いころ、冒険家として名声と名誉を求めて、荒々しく様々なことに挑戦した時と、70歳を超えてからの挑戦は少し違うのかもしれない。登頂時の第一声も、周りへの感謝を宣べていたし、写真でみるオ-ラが優しく思える。UTMFで我々ランナーを優しく見守ってくれた三浦さん、今度は私たちが見守っていますよ。無事にBCまで下りてきてください。


$ロードのちトレイルときどき。。


写真は三浦ドルフィンズの低酸素室、どこかで見たと思う方も多いと思う。2009激走モンブランで鏑木さんがものすごい追い込みをかけていたあのトレッドミルだ。
$ロードのちトレイルときどき。。


外輪山一周、皆さん最近は普通に走られてますが、結構キツイですね、これ。湯本起点で48K、D+が3100mほど。昨日は関所から素直にロードでは降りず、屏風山を登ってから甘酒茶屋に降下しています。予定では畑宿からもう一度飛竜の滝を経由して浅間山へ登り返してから湯坂路トレイルを下る予定だったらしいですが、それじゃ50K超えるのと、累積標高はハセツネ並でっせ、滝川さん!(笑) 序盤は第二グループから中盤あたりで私がペースをつくっていたのですが、金時山で多くの方が故障気味やらレース調整やらでドロップ。そうなると、これは私が最後尾というパターンでは?案の定、苦手な登りで遅れはじめる。下りで視界に入るところまで詰めてもやはり置いていかれる。後半は何処でドロップするか、あるいはワープ気味に湖畔を走ったり全体の迷惑にならないような策はないかとアレコレと考え出す始末。結局はスイーパーの瀧池さん、ラピットからの振替で参加されていた、すぽるちば石井総裁に励まされながら最後までコンプリート。最後のロードはちゃっかり一番前に出て滝川社長と世間話も楽しんでしまいましたけど。

$ロードのちトレイルときどき。。


スタートしてしばらくは右手に太平洋、左手に中央火口丘である神山を望みながら進む。冬場に見る神山は大涌谷が吐き出す白い水蒸気もあり、近寄り難い神々しさがあるが、昨日は新緑に包まれて優しい感じがした。

$ロードのちトレイルときどき。。


盗難やいたずらに合わずに綺麗に保存されている昔からの石像が優しく見守ってくれます。夜に見ると怖いという人がいますが、トレランをやるようになってからそういう感覚はなくなりました。道祖神やお地蔵さんは旅人を見守ってくれているんだと思うと、むしろ温かい気持ちになれます。

$ロードのちトレイルときどき。。


お決まりの金時山からドカーンと富士山。この後の後半は、芦ノ湖へダイブするような感覚の下りや、右に駿河湾、左に芦ノ湖を見ながらのトレイルが進む。湯本まで景色を楽しみながらも、自分なりにダレずにキリッと走ったつもりです。

$ロードのちトレイルときどき。。


普段接する機会がない、トップランナーの方々と走ることができるのもこのTEAM100Mの良い点です。昨日はhurt100で有名な井原選手が前後して走ってくださいました。笹山で日射しが強く、少しぬかるんだ場所で勝手に一人でhurt100のハワイのジャングルを妄想してしまい、笹藪に軽くダイブ。トレイル中の妄想はやめましょう(笑)

偶然にも、この日が2007年にOSJが箱根50Kというレースを開催した日であることを瀧池さんがおっしゃっていた。私自身が走り始めたのが2008年、トレランを始めたのがその翌年の年末と記憶しているので、私にとって、あるいは多くの方にとって幻のレースではなかろうか。

TNFエンディユランスOSJ箱根50Kコースマップへのリンク

このコースを見たとき、This is it (これだよこれ!) と思った。単純に外輪山一周ではなく湖畔を走り神山を登る。素晴らしい景色と同時にかなりきついルートになる。参加者は新緑の箱根を満喫したことだろう。

2008年度以後、自粛されている経緯はこちら。

2008年度大会中止のお知らせ

当初、この文面を読んだ時に一方的にトレランを排除する方向の決定に憤りを感じたが、今は少し違っている。どちらが正しいという主観的な主張を繰り返しても仕方あるまい。世の中にはタイミングみたいな、機が熟す、とでも言うのであろうか、そういうこともあると思う。滝川社長も3年の準備期間を経て前回大会を開催しており、想定される調整は慎重に行ったはずだ。単純に機が熟していなかった、ということではないだろうか。昨今、これだけUTMFがマスメディアに取り上げられ、走らない人でもトレランという言葉、あるいは、あの山走るやつだよね、というぐらいの認知ができ始めている現状で、箱根がプランされたらどうなるだろうか?まだ難しいかな?いや、もしかしたら?とあれこれ考えてしまう。

レース=トレランじゃない。昨日のようにレースでなくても箱根を楽しめるのだから。箱根に限らず、鎌倉や三浦も無理な開催はして欲しくはない。鎌倉ほどトレイルの人口密度が高いと、もうレースは必要ないのではとも思う。地元、関係団体、主催者が歩み寄って欲しい。難しいだろうけれど。そもそも全員が100%納得というのはない、歩み寄れること、互いを尊重できること。これは普段の生活でもそうですね。機が熟すまで僕らランナーにできること。他のトレイル利用者を尊重するということ。それができれば挨拶だとか、すれ違い、追い抜きの時に歩きに切り替える、といった基本マナーは普通にできるはず。自分はそうありたいと思う。
$ロードのちトレイルときどき。。


(写真提供は湘南在住yukkyさんの旦那さま)

今日あたりブログを書こうとしても書けない、考えがまとまらない、というFaceBookをいくつか見た。それもそのはず、これほど濃密な24時間/46時間を言葉に紡ぐのは難しい。それぞれにドラマがあり、言葉にできない感情が次々と湧き上がる。その結果、僕も長いタイトルになってしまった。取り止めのない文章になると思うが御容赦願いたい。しかも、僕の…というあたりがなんだか最近稼いでいる小説家のようになってしまった(笑) 。この際、今日は一人称を「僕」で通してみようと思う。

レース結果としては41時間52分、目標としていたサブ40には届かず、それどころか最終エイドのA10でドロップをギリギリまで選択肢の1つとして考えていた。僕はなにを間違えてしまったのだろう?

$ロードのちトレイルときどき。。


僕の判断

調子が良かった。この後に書くいくつかの幸運もあり、天子山塊を超えて、A3西富士中学校についた時の疲労感はさほどでもなかった。深夜から明け方で眠くなるだろうから、ここでの仮眠をプランしていた。去年の西富士中学校のイメージは毛布があり、マッサージ用の簡易ベットも沢山あり、仮眠環境としてはベストだろうと。ところが今年の西富士中学校は違っていた。簡易ベットも毛布もなく、暖房のない寒い体育館にブルーシートが敷いてあるだけ。プライベートサポートを受けている選手はシュラフを用意できるが、そうでない選手は防寒着を下に敷き、サバイバルシートに包まるのみ。10分ほどウトウトしただけで寒くて目が覚める。これでは逆効果と判断、比較的短い時間でA3西富士中学校を出た。その後の区間も快調だった。去年、苦しめられた高圧送電線下のトレイルも夜が白みかけて行く気持ちのいい時間帯、そして未舗装林道も退屈だろうからと用意した IーPODで音楽を聴きながら快調に走り、しかも脚への負担は最小限に抑えて、A4子供の国に到着した。プランしたタイムテーブルより少し早く走れている。もしかしてラピタイムの38時間(チーム100マイルのラピットとトータスを分けるUTMFでの参考タイム)もいっちゃおうか!(あり得んのに)と考え出す。本当はここA4で手前のA3で十分仮眠できなかった分、30分でいいから仮眠するべきだった。ランナーの性だろうか、それができなかった。 調子がいいからこのままの流れを続けられると判断してA4子供の国を出た。好事魔多し、案の定、富士山中腹の四辻への登りで昼間なのに睡魔に襲われる。そしてA6五号目太郎坊近辺の大好きな大砂走りも思い切り走れない。でも、胃腸は大丈夫だ。まだ食べられている。この後、A7須走ですぽるちばのサポートもあり、元気をとりもどす。2晩目の仮眠プランとして考えていたA8山中湖で仮眠スペースを探すが見当たらない。サポートスペースのすぐそばに救護用のベットがあるだけ。狭くごった返しているテントスペースのブルーシート部分が仮眠スペースということなのだろうか…仕方なくA8山中湖を出る。東部トレランのサポートから頂いた果物以外、食べ物を受けつけなくなっていた。石割山の登りのロープ場でふらつく自分に気付く。岩場での足場の選択が明らかにおかいしい。これでは杓子山は越えられない。A9二十曲は仮眠はスペースはない情報だったが、テント内で椅子に座って眠ろうと判断、小さな石割山なのにやっとの思いでピークを超えて、A9二十曲へ到着。ここでありがたいことに簡易ベットと毛布があった。今から考えれば救護用であり、仮眠用ではないはず。ただ、あの状況は自分はメディカルチェックが必要な状態でもありお許し頂きたい。やはり15分くらいウトウトして大分回復した。タイムテーブルより少し遅れているがまだ挽回できる。これで杓子を越えられると判断、 A9を出る。杓子を超える迄はよかった。緊張感もあり、こんな氷点下の寒風吹き荒れる稜線など、レースでなければまず危険で走らない、そういう意味では印象深い区間であった。その後の林道は試走をして長いとは知っていた。元気であればイージーな区間、そこで地獄を見ることになる。去年は天子山塊で幻覚を見たが、今年は見ないで済むだろう、幻覚は思考が低下した状態で見るように思える。だから、時計を気にしながらレースに集中できていれば眠くても幻覚は見ないはず。今でもその考えは変わらない。ただ、自分の身体の状態がそうさせてはくれなかった。歩いていると、眠気でふらつく。時折、後ろから来るランナーが大丈夫かと声をかけてくれる。Are you OK? なぜか外国人選手が多い。まずい、自分は今、人から心配されるほど普通じゃない。寒さに強い自分も今は寒く感じている。なんとかして運動量を確保して体温を維持しなければ。去年はトレイル脇で仮眠していた選手もいたが今年は皆無だ。禁止項目として明文化されたこともあるだろうが、ここに参加するレベルの選手ならば、この気温で仮眠することはどういうことを引き起こすか、本能的、理知的にも理解しているのだろう。緩い下りでスロージョグでいい、走り出す。ところが次の瞬間、あれ?と思う光景を目にする。歩いている選手に抜かされるのだ。自分の足下を見ると、ストライドは足の大きさと変わらないような状況だった。そこからが地獄、今年の幻覚はこの林道にアンディウオルホール風なポップアートが沢山あった(笑)、落ちているのは枯葉と石だけなのに不思議なものである。A10富士小学校に行けばすぽるちばのサポートもいる。そう思うと、なんとしてでもそこまではいかねばと思う。そこでの判断でドロップも止む無しだ。自分も含めて最後まで行くことを美化する風潮もあるが間違えだ。これはロードレースじゃない。この気温と身体の状態で山中で動けなくなることは命の問題だ。A10で仮眠し回復の状況を見て判断しようと考えた。A10に着くと東部トレランの方々、すぽるちばのサポート部隊もいて暖かく迎えてくれた。シンさん目が腫れて眠そうだったけど(笑)

45分から1時間ぐらいだろうか、ぐっすりと眠れた。朝の4時半、一番気温が低くなる時間なので防寒の準備をして出発しようとするが、どこまで回復しているか走ってみなければ分からない。トレイルヘッドまでジョグをして自信がなければ、引き返すことも選択肢と考えてA10を出る。最悪の状態は回避できた。全部歩いても制限時間には間に合う。これなら行ける。団地脇からトレイルヘッドに入り、最後の800mを登り出す。これまで仮眠休養に関しての判断は間違えだらけだったが、最後の判断だけは正しかった。月が正面に沈み込み、反対から日が登り、鳥達が鳴き出す。前後のランナーはいなく一人きり。取り分け有名でもない、里山とも言える霜山だが、美しい光景だった。体内時計は正確なもので日が登るとジョグレベルで走れるようになる。天子で転倒した打撲痛(本日軽い筋断裂と判明)が痛いことは痛いが走れる。視界が開けたところでは明け方の富士山がいっそう大きく見えて、後は眼下に見える河口湖へ向けて走り出すだけだった。

いくつもの幸運

今年は多くのランナーが序盤に飛ばしすぎて体調を崩したのではないだろうか。そりゃ、気持ちよく走れる区間だもの。ところが僕は、故障が完治しておらず、思い切りは走れない状態だった。それが幸いとなり、周りのペースに惑わされずにゆっくり入り、脚を温存することができた。

天子山塊への入口、W2麓を出て雪見岳へ登りが始まった辺りで、メインの850mのボトルに不具合が発生、自分のミスであり、製品不良ではない。つまりサブに持っている350mlの水だけで天子山塊を超えるということ。A4まで行けばドロップバッグにハイドレーションがある。ペースを落として350mlでマネージすることを決意する。幸い気温は低く発汗は抑えられる。ペースを落とし満月と影富士を見ながらのハイキングモードなった。結果、これも序盤を抑えることができた要因と考えている。

先に書いた地獄を見た区間、杓子山から下る林道で2つの不思議な巡り合わせに合う。1つは林道の分岐で誘導案内をされてい方が知りあいであったこと。話をすることで一時的ではあるが眠気が醒めた。もし知人でなければ、リタイア宣告して、あの車の中で眠らせてくれと言い出したかもしれない。さらにA10手前の林道出口、市街地に入る分岐で会社の女性が誘導をされていた。何度か会社のトレーニングルームとランニングイベントで話をしたことがある程度で、名前とお顔がすぐには分からなかったのですが(失礼しました)、こんな富士山麓の小さな町で、自分の名前を呼ぶ若い女性の声がして、とうとう幻聴まで来たのかと一瞬思った(笑) 歩きながら話をして目が覚めた。そうでなければ田んぼに落ちてたなあ。閉会式で聞いたのですが、やはり自分はふらついていたらしい。一番辛い時間にこの2つの偶然の巡り合わせは幸運だった。

$ロードのちトレイルときどき。。


全ての人に感謝を

この気温が低い中、ボランティアスタッフ、サポートの方々は苦労されのではないだろうか。本当に選手は走らせてもらっている贅沢者だと感じる。自分も抽選に当たらなければ、ボランティア、サポートといった形でこの大会に関わりたい。これだけ夜間寒いと動いている選手が一番楽ではないだろうか?そして、そこ(次のエイド)に行けば知り合いがいるという安堵感は何事にも変え難いもの、全ての人たちに感謝を。

$ロードのちトレイルときどき。。
$ロードのちトレイルときどき。。

先月、上司が突然会社を辞めた。アメリカ人にはよくある話ですし、さほど気にも留めていなかった。彼は個室を持てるポジションだったので彼の机の上をよく見たことなどなかった。家族の写真でもあれば社交辞令のように子供の話でもしながら覗き見る機会もあっただろうが、独男だったのであまりプライベートな物はなく、前のテーブルでミーティングをし、業務的に要件を済ませて出て行くことがほとんどだった。一方、彼はほぼ毎日、私やスタッフのところへ来て、今日はどうだい?とスラング(少なくても私には理解不能な)混じりの英語で一方的に喋り、そして女性スタッフから毎日1つ日本語の単語を教わっていた。もちろんスラングも(笑) 。正直言うと、まあ、調子のいい奴、という印象であった。

昨日、空き室になっている彼の部屋でミーティングをして、ふと、ガランとした何もない机を見ると上の写真の紙が貼ってある。 This is your life…で始まり、Life is short. Wear your passion.で終わる。読むと、なるほどと思うが、同時に、若いな、とも思う。人間、いろいろと背負うものができるとそうもいかんだろ、と自分に置換えてしまうのだが、一方で彼のように生きられたらとも思う自分がいる。聞くところでは、アメリカに戻って幼馴染と起業したそうだ。オフィス内の私物は整理されているのに、この紙だけが貼ったままなのは、我々スタッフへのフェアウエルメッセージか。だとしたら、5行目の、今の仕事が嫌いなら、やめちまえ、はないだろが!(笑) 4行目のChange it が前提ではあるのだけれど。

仕事はコツコツ続けるにしても( 続けられるということは、結構、嫌いじゃないのだよ) 、プライベートな時間は、この紙のフレーズのように思い切り生きたいと切に思う。私にとってトレイルランニングはこの紙の内容そのものなのです。
タイトルにある、見える物、なんて格好いいものではなく、あー、やっぱりという感じでしょうか。

スタートー宝蔵院 走れる林道登りが中心 456位
(結構頑張ったのになあ~_~; 走れる林道、舗装路が本当に弱い)

宝蔵院ー黄金橋 林道下りが多い 324位
(身体がでかいから下りはそこそこいいんです。)

黄金橋ー仁科峠 登り林道、短い急登、フラットなトレイル 535位
(林道登り、急登弱すぎ、二本杉でほぼ潰れる)

仁科峠ー土肥駐車場 比較的緩やかなトレイル. 231位
(俺、やっぱ、山、結構速えーじゃん)

土肥駐車場ーゴール 330位
(下りはやはりまあまあだっていったでしょ)

林道の登りと急登、今週からまた、トレミやんべか。

明日から本気だします(どっかで聞いたような)
私が間違ってアメンバー限定で公開のボタンをクリックしたようで、そんなつもりはなく、このブログはいつでもオープンです。ブログ更新の頻度が減っているのは、日々日常の出来事はフェイスブック仲間とシェアする傾向にあり、まとまった考えを文章で残したい時にブログを書くようになってきているから。その中でもレース前のトレーニングやレース後の備忘録的な所感は、数年後に読み返すと、「ああ、そんなこと考えていたんだよな」と思うことがあり、やはりブログも続けていきたいと思う。そしてそれはオープンなものです。

$ロードのちトレイルときどき。。-スタート
(スタート10分前)

今年に入って、2レースを終えた。昨日の伊豆トレイルジャーニーとその前月に三浦縦断トレイルを走っている。三浦は計測チップを紛失してしまい、公式記録はDSQだが、紛失後もモチベーション高く走って5:38でゴールした。レース前に昨年のリザルトを見て、今の自分が目標にすべき人のゴールタイムやCPごとのタイムを割り出して、分単位を気にしながら走った。ロングレースでは全く味わえない時間感覚を楽しむ事ができた。そしてなによりも44kmのレースなら最後までファイトできるようになってきているのが嬉しかった。ファイトできる、というのは完走を狙うのではなく、歩きが入る私のレベルでも、1分でも早くゴールしようとする集中力みたいなものだろうか。ならば70kmではどうか?(伊豆は70kmではなく75kmというのが前日になって判明したのだが)、それを試す良い機会だと思っていた。たとえ私のレベルでも、後半に「プッシュプッシュですよ」(そーけん風)ができるかどうか。

$ロードのちトレイルときどき。。-富士山

ウエア
気温15度程度、但し稜線で風速15mクラス、立っているのがやっとの区間もあった。ウエアはレギュレーション通り、レイン(雨予報ではないのでトレントフライヤーではなくバーサライト) 、フリースにキャプリーン4をSALOMN の10+3に入れたが、結局最後まで、半袖ランパンで通した。やはり私には寒いくらいがちょうど良いようだ。但し、レースだからそうしたのであって普通の山行やソロでのトレランでは絶対にしない。山では寒さを感じる前に着るのが原則、これを読んで真似しないで下さいね(笑)

補給
補給全般が上手くいった。夜間走がないので吐き気をもよおす事もなく、固形物、ジェルを摂り続けることができた。CLIFのジェルが食べやすい。パワーバーのジェルと交互に摂った。一方、CLIFのシリアルバーは少しお腹にヘビー感あり。よく言えば腹持ちがいい。自分は日本製のシリアルバーで何種類か異なる味を楽しむほうが良いようだ。トップスピード、ベスパといったアミノ酸系をコーラ、ジェルと一緒に摂るとよく効く。カフェインがダブルだからであろうか? 水はレギュレーション通り1Lをハイドレーションに、そして空の350mのペットボトルをフロントポケットに収めて区間ごとの必要量を調節して、バックを下ろす回数を少なく、かつ軽量化を計った。

ライト
結果的にライト点灯前にゴールできたのだが、今回の初めての試みは電池にエナジャイザーを使用した。圧倒的に軽い。ライトの重さは電池の重さと言ってもいいだろう。

ペース配分
前日までは気温が高くなるという予報だったので、涼しいうちに走れるだけ走っておこうと考えていた。また、試走で制限時間内完走の見込みは立っていたので、少し冒険をしてみたくなった。最初の林道を自分なりに突っ込んでみた。案の定、二本杉あたりで潰れた状態。補給を取りながらジョグし続けると回復し、仁科のエイドで補給してからだも脚も戻った。そこから抜かれるよりも抜く方が多くなっていった。このレース中の回復走のような経験が今回の一番の収穫、動きつづけても回復は可能であることを知った。もちろん、限度を超えていればどうにもならないのでしょうが。エイドも3分から5分以内、一度も座らず。ハセツネでは腰を下ろすことが多かった私だが70kmのレースでは座らないほうがよいと思えるようになってきた。それまでのリズム感や、座ると身体が冷えて余計動かなくなる。もちろん100km以上や夏のレースはまた別のお話。又、これまでは自分は、すぽるちばやOSJ関連の仲間の中では一番遅い方で、一人で単独走というパターンが多かったのだが、少し背伸びして突っ込んだおかげで、序盤からゴール付近まで顔見知りのランナーと前後することが多かった。これが単調な林道や辛い終盤で力になった。感謝です。

結果
10:52 / 334位 (速報ベース)

来年はあれくらいで林道を走っても潰れない身体をつくりたい。歳上の知り合いの女性が、私と前後しながら林道までのペースをそのまま維持して女子総合で上位に入られた。年齢は言い訳にできない。
前々回のブログに、自分はチーム100マイルへの参加は条件的に難しいと書いたが、最終的にトータスチーム(いわゆる亀さんチーム)に選んでいただいた。申し込みに際しては、自分が100マイルに挑戦する意味、トレイルランニングコミュニティに対する想いを、用紙いっぱいに書き込んだ。そういったことが選んでいただいたことにつながたのだろうと推測している。

今日はその練習日初日、トレーニングメニューとしては、何回か実施されている筋力強化メニューに近い。私自身も2011年の12月に受講している。 リンクはここをクリック 午前中にいわゆる激坂、午後は高速トレイルというパターンである。これまではこのメニューは筋力、心肺機能強化のメニューだと理解していたし、実際にそうなのですが、今回、昼食時の座学講義において、理論的にはそれだけではなく、スタミナ、特に高濃度乳酸を発生させることによってその処理能力を上げ、最終的に筋持久力を向上させようというものらしい。実際に私の知人に高強度高負荷のトレーニングとLSD的なゆっくり長くを上手く組み合わせてやっている方がいて、理論的にも正しいことが理解できました。高強度、高負荷(具体的には最大心拍数の90%以上)のトレーニングは一人ではできない。チームメイトと一緒に行うこういったトレーニングというのが本当に有難く思う。

参加されている皆さんは、トータスと呼ぶには速すぎる方々でした。女子率も高いのですが、皆さん基本走力が高く、自分のロードタイムなど口にできないくらいです。私としては一昨年年と同じメニューであれば、どれくらい自分自身が進化しているのか感じることができる機会でもあった。息も絶え絶え、ついて行くのが精一杯だった一昨年と比べて、今年はリズム良く中程から前を最後まで走れました。少しは自分も進化しているのだろうか。いや、そう思いたい。

$ロードのちトレイルときどき。。
$ロードのちトレイルときどき。。


今夜から明日にかけて雪が降りそうですが、そんな日にはこのDVDがぴったり。日本語字幕版がないからか、日本での人気は今ひとつかな? 内容も少しわかりずらいかもしれません。日本の民放が連呼する絆とかないし、某国営放送が好きな人間ドラマでもない、白熱するレースを追ったモンブランのような展開でもない。展開されるのは、山々へのオマージュ、そしてこのSummit of Lifeで亡くなったステファン ブラッセへの追悼である。キリアンの精神的な葛藤、山との向き合い方、そして亡くなったステファンの人生観、幸福感、見ているこちら側にズンと重く問いかけて来るような内容です。最初に見た時は、英語字幕より、スペイン語(カタルニア語?)の「もんた~にゃあ」が耳に残って仕方なかった(笑)のですが、キリアンの山との向き合い方を語るシーンやステファンが幸福について語るセリフは何度か見るたびにジワジワときます。ランナー、特に山に入る人間ならば何かを感じるはずです。私がここで活字にするよりDVDをご覧になったほうがいいでしょう。

下のトレーラーはそれらの台詞は含まれていませんが、全体の印象は感じ取れると思います。

リンクはこちら

$ロードのちトレイルときどき。。


$ロードのちトレイルときどき。。

この人の後ろをしばらく走る機会がないのは少し寂しい気がした。

来月から、100マイルクラブの活動が本格化し、鏑木氏のセミナーの軸足もそちらへ移ることになる。これまでのレベル別セミナーは鏑木氏の一番弟子と言われる松本大選手が引継ぎ、既にその活動がスタートしている。参加された方の話ではなかなか好評のようだ。私は100マイルクラブには走力的に今ひとつ足りず、来年以後の参加を目指している。つまり、鏑木氏のすぐ後ろを走る機会はしばらくはないということ。そう思うと少し寂しく、いつもはグループ後方で走る私も、今日は真ん中から前を積極的に走った。日没が迫り、ペースがかなり上がったところでも、なんとか先頭グループが見える位置で千切れることなくつくことができた。振り返ると自分はこうやってこのセミナーで鍛えられてきたんだよな、とこれまた感傷的になってしまった。そして、子供の頃、団地の公園でボールが見えなくなるまで野球をして遊んだいたあの気持ちと情景を思い出してしまった。楽しい時間(身体はきついんだけど)が、終わって欲しくない、宿題は嫌だよな、みたいな。鏑木氏も今日はいつもは使わないルートをいくつも選んだ。人がほとんど入っていないようなマニアックなルート、かなり荒れ気味だが、まるで子供が冒険を楽しむようだった。

皆、それぞれが変化し、進化している。自分もそうありたい。

材木座ー披露山ー葉山トレイルー長柄交差点ー阿部倉山ー下二子山ー上二子山ー森戸川まで降下ー中尾根と南尾根の間のルートー南中峠ー中尾根ー上山口小学校まで南下ー南尾根ー仙元山ー葉山教会ーロードで逗子まで、25km 4:00 D+1101m