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1週間の入院の予定が3週間に伸びたので、奥さんから家にある本を何冊か持ってきてもらい読み直したなかに、福岡伸一氏の『生物と無生物のあいだ』がある。あらためて心に染みるいい文章だと感じ、もっと読みたくなって、『世界は分けてもわからない』を買った。

 この本で、福岡氏は須賀敦子さんについて次のように書いている。

 

・・・須賀敦子の名前を知ったのはいつの頃だろう。彼女が作家としての短い著作活動の期間を終えてこの世を突然去って以降のことであるのは間違いない。それまでうかつにもこれほど美しい文章の存在を私は知らないでいた。

 須賀敦子がその名を広く知られるようになったのは彼女が60歳を超えたあと、1990年に出版した書物によってである。読書界は瞠目した。その後、夜空の星のように、粒よりの、しかし限られた数の書物がそれこそ星座を構成するように端整な配置で刊行された。1998年の早春、彼女は惜しまれて亡くなった。私はそれを後になってから追体験したのである。そしてたちまち彼女の文章の虜になった。私が好きなのは『地図のない道』と題された彼女の最後の本である。・・・」

 

素晴らしく美しい文章を書く人がこれほどまでに美しいと表現する文章をぜひ読んでみたいと思い、さっそく須賀敦子全集第1巻を買った。

 最初に登場するのが、「ミラノ 霧の風景」と題した連作のなかの「遠い霧の匂い」である。彼女がミラノで暮らした時代に体験した霧にまつわる逸話を書いたものだが、静謐で、抑制のきいた、哀歓あふれる文章で、彼女の全作品を読んでみたいと思った。

 

歴史や科学、宗教、哲学など過去の出来事や思想から持論を展開していく文章を読むことが多いが、この全集のように個人的な体験や身近な人々との思い出を題材に書かれた文章もまた、書き手の教養、人生経験、感受性が豊かである場合には実に味わい深く、心が洗われるような感覚を覚える。

 

須賀敦子さんと福岡伸一氏に感謝。