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ではでは続きをご覧ください。。。


ブログ小説

「樹海」第2


すっかり薄暗くなった森の中で、W子はため息をもらすと、近くにあった平らな大きな石に腰をおろした。遊歩道を外れ、すでに半日も樹海をさまよっている。

W子はさすがに疲れ果てて、バックからミネラルウォーターのボトルを取り出すと、一口飲んで、さらに二口、三口と水を飲んだ。

W子はある場所を探していた。命を絶つならそこと、決めていた場所だった。

樹海で命を絶つ者の多くは、首吊りか服毒自殺を選ぶという。しかしW子はそのどちらもしたくなかった。違う死に方をしたかった。そのためには、どうしてもその場所を見つけなければならなかった。


W子はふと天を仰いだ、空を覆い隠すように茂った枝葉の僅かな隙間から、鉛色の空が見えた。
もうすぐ日が暮れる。なのにまだ死に場所を見つけられないでいる。このまま夜になったらどうすればいいのだろう。

W子は途方にくれながら、思い出すまいと心の奥に封印していた、ドル男のことを想った。

W子はドル男を愛していた。誰にも負けないくらい、深く愛していた。

しかしドル男は、W子のほかに幾人もの女と付き合い、女たらしとしても有名な男だった。


数年前、景気が良かった頃、ドル男もまた昇り竜のごとく上昇をつづけた。

そんなドル男にW子は惚れた。

ドル男のそばにいて、ドル男と同じ空気を吸い、ドル男と同じものを見て、ドル男の声を聞き、ドル男に触れたいと、そんなことばかり考えて毎日を過ごした。

ドル男が上昇しているときはともに喜び、下降したときはともに悲しんだ。

毎朝、ドル男の写真(FX口座のスワップポイント)に向かって微笑みかけ、まるで本人がそこにいるかのように、そっとキスをした。

自分がドル男にとっては唯一の女ではないと分かっていても、気持ちを抑えることは、できなかった。


しかしそんな幸せな日々は、ある日突然、終焉を迎えた。

2007~8年にかけて世界を震撼させた、サブプライムローン問題と、リーマンショックである。

このふたつの大きな出来事は、世界経済を麻痺させ、金融市場を大混乱に陥れ、その津波のような大波は、容赦なくドル男をも飲み込んだ。

大暴落である。

W子にとってそれは、身を切られるほどの悲しみだった。

W子はドル男を追いかけた。決して離さないと心に誓い、ドル男を追い続けた。

しかしドル男は、そんなW子を振り払うかのように、下落を続けたのである。

W子は深く悲しんだ。ドル男の写真を抱え、むせび泣いた。

しかしそれでも、ドル男と別れることはできなかった・・・。


愛は酒のようなものだ。程よく酔っているぶんにはこれほど甘美なものはない。だがしかし、度が過ぎると、それは中毒症状を引き起こす。そうなってしまえば、もはや愛無しには生きられない。発作のような禁断症状は、容赦なく、身も心も焼き尽くそうとする。

その苦しみから逃れるため、W子はありとあらゆる手を尽くした。海外、国内とわず各地を旅行で飛び回り、ショッピングにありったけの金をつぎ込んだ。ドル男以外の男(通貨)と浮気もした。ブログを立ち上げ、同じような苦しみをもつ人たちと交流を持ち、苦しみを分かち合おうともした。そしてついには、自らをあほぉ~な凍死家と蔑み、自虐行為にも及んだ。

それでも、ドル男と別れることはできなかった。すべては徒労に終わった。そしてW子は、この苦しみから逃れるには、死ぬしかないと悟ったのである。


そして今、漆黒の闇に包まれようとしている樹海の中で、ひとりぽつんと、W子は途方にくれているのだった。

言い知れぬ孤独感と恐怖が、真綿で締めるようにじわじわと、W子を追い詰めてゆく。

W子はたまらずバッグから携帯をとりだした。

フラップを開くと、メールの着信履歴があった。1時間ほど前である。何故気づかなかったのか、不思議に思いながらメールを開くと、差出人はMO子だった。

内容は「元気?」というような挨拶代わりの他愛もないものだったが、W子は無性にMO子の声が聞きたくなった。

MO子は10年来の友人で、自分より年下にもかかわらず、W子は彼女を姉のように慕っていた。


MO子の性格はW子とは正反対と言ってもよい。男勝りな勝気な性格で、思考はどんなときでもポジティブ、竹を割ったようなさっぱりとした気性の持ち主で、W子はそんなMO子を頼りにし、憧れてもいた。

ただMO子は男癖も悪く、常に複数の男(通貨)と付き合い、彼らに貢がせていた。


あたりは闇に包まれようとしていた。
W子はたまらず、MO子に電話をかけようとした。

こんなところから携帯の電波はとどくのだろうか・・・。

電波の受信状態をしめすアイコンをみると、かろうじてアンテナが1本立っている。

でもぐずぐずしてたら電波が届かなくなるかもしれない、妙にそんな気がして、急いでアドレス帳からMO子の名を選び、発信ボタンを押した。

着メロが流れだした。MO子は出るだろうか、不安に思いながら、W子は泣きたいような気分で携帯を耳にしっかりあてた。