この病気になって一時『灯火』が消えかけ、新たに頂いた命。
与えていただいたからこそ全てに感謝でき、未来に希望を抱く道
だけを見ていた気がする。
希望って光って輝く100%ポジティブ。
けど、光の裏には同じくらいの影があるんだよね。
その影は、必ずどこかでくっついている。ボクらが立ってる足下の影のように。
未来の影にある現実を見ていなかった訳じゃなく、軽視していた
のかなぁ。
就労許可を頂いて、初春から地道に社会復帰目指して就職活動してきて
年齢や資格、職能、病気のことを考えると上手く事は運ばないだろうな・・・
って思っていたけど、想像以上にキツかった。
障害者合同面接会に参加したり民間の就職サイトに登録したりと、
夏辺りから出来る限り積極的に行動して『結果』を早く出したかった。
いつまでも実家に根付いていたら実家の浪費を生むだけで、少しでも
足しにしたい思いがあったんだよね。
そんな最中、おふくろが体調に今までとは違う異変が出てきて入院した。
約1ヶ月の入院期間、オヤジは漁の最盛期だから仕事に専念してもらって
家事といっても炊事洗濯・・・軽い掃除くらいはボクが出来るから担当した。
想定外のことで、余計オヤジや家にボクの分の浪費を無くさなきゃって
思いが強くなってきて就職活動に力を入れた。
その結果『縁のない企業』ばかりが続き、次第に意欲が薄れて『鬱』に
なりかけてた。
おふくろの病気は『真珠腫』でもかなり進行してたらしく神経を圧迫してた
らしい、それをほっておくと骨を侵食して脳炎を起こすから手術が必要で
地元の通院してる病院では出来ないらしく、奇しくもボクが手術した病院
で行う。
手術して、この先は希望のある未来が開かれると信じていた分、
『現実社会』の足下の影に身体が覆いつくされて、心が闇(病み)に
染まりそうだった。
ただ、まだ何か蝋の上から染められたように闇をはじいて染まらない
部分が残っていて、心を失わないですんだ。
ボクが島(実家)を出るのは両親が心配するのは分かる。でもそこを中心
として活動してしまうと閉ざされてしまう部分が多くなる。けど、最終的に
老後の面倒(両親の失礼な言い方だけど)はボクが見る。ただ、その為
にはこのままじゃ貯蓄も収入もなくダメだ・・・。島に・・・やっぱり出なきゃ。
そして、このボクを受け入れてくれた所ができた。
ただ飲食業で身体を使う業種、どこまで身体が持つのかが問われる。
面接の段階で身体の事は、説明済みだけどどこまで理解して頂けたかは
分からない。それにパン屋も新たに始めると聞き、そっちに魅力を感じた。
住居はネットで探してたところ、病院の近くで理想的な物件が見つかり
ボクの通勤・通院、おふくろの付き添い・見舞いに最適だった。
現在は引越しも無事終わり、職場も想像以上に大変だけど11月1日から
働き始めてる。
おふくろは今、神経の圧迫も収まり実家に戻って過ごしてる。
手術は年明けに決まって、最終的に29日に検査して手術しても大丈夫
かの判断をされる。手術か5~8時間で入院期間は1ヶ月~1.5ヶ月位
と言う話。
これが、また転機になりそう。
長期に亘る、放置ゴメンナサイ(。-人-。)
