『物語のつづき』
おやじはもう慣れたもので、バスを降りると、最初の頃とは
比べられないほどスムーズに電車へ乗り込んでいく。
ただ、切符を買う時だけ、どこを押すのかを『ひとさし指』が
ぐるぐる回って探している。
おやじが、ボクの病院を出てから約2時間くらいで、おふくろの
居る病院へ着いた。
病院へ入る前に、おやじは煙草を左胸ポケットから取り出し、
一服する。
おふくろが入院してから、おやじはひとりで何もかも抱え込んで
いたに違いない。
あえて口には出さないが、ボクから始まりおふくろの入院、漁が
無い事、入院費の工面に不慣れなひとりでの家事。
いくら現役漁師で、体力に自信があると言っても、もう67歳。
それ以上に、精神的ストレスがどれだけ圧し掛かり、おやじを
悩ませたんだろう。
一服し終えると、おふくろの居る病棟へ向かった。
おふくろは、2泊くらいの旅行が出来そうな黒いバッグと、紙袋を
ひとつ。
それと、いつも肩から斜め掛けする黒い小さなバッグを、一箇所に
まとめて置き、おやじが来るのを待っていた。
「お待たせぇ。」
おやじが軽く笑みを浮かべながら言う。
「遅かったねぇ。話は、どうだったの?」
せっかちなおふくろは、すぐに結果を知りたがる。
「2時間くらいで終わるみたいで、結果が分かるのは1週間後ぉ。」
おふくろのせっかち振りに、おやじの口調も少しあきれた感じ。
「帰る準備は出来てるの?会計とかも?」
「お父さん待ちで、看護婦さん達にはもう挨拶済ませたし、会計も
今度の通院日でいい様にしてもらったから、あとは帰るだけだよ。」
「じゃ行こうか。退院おめでとさん。」
「はいはい。ありがとね。」
おふくろは、肩掛けのバッグを手に取ると、おやじはもうひとつの
黒いバッグと紙袋持ち、病室を出る。
「お先に失礼しますね。大事にして下さい。」
同部屋の方々に、おふくろは挨拶をし病室を出ると、途中に
ナースステーションへ再び立ち寄った。
「じゃあ、お父さん迎えに来たんで失礼します。ありがとう
ございました。」
おふくろは、特別に誰にではなく、世話になったお礼を言った。
それに気付いた看護師が、『岡田さん、帰られるって!』と他の
看護師に声を掛けた。
ナースステーション内に居た看護師たちが反応し、おふくろと
おやじに言葉を掛ける。
「そうですか。気を付けて大事にしてくださいねぇ。」
「お大事に。」
少し離れてるおやじは、軽く笑顔で応えた。