ボクは、しばらく窓の外を眺める。
でも、ベッドから動けない為、見えるのは澄んだ青い空と流れる雲だけ。
それだけでも充分気持ちが和み、飽きる事はなかった。
心にゆとりが出来たからか、自分を見つめ直す時間を作れた。
幼かった頃から今までのボクを・・・。
ボクは、おやじが30歳おふくろが32歳の時に、ようやく生まれた
一人っ子で、過去に2度流産していたこともあり、待望の誕生だった。
漁師町の子供とは思えない位色白で、近所の方からは
『都会の子みたいだね』と可愛がられていた。
おやじやおふくろも、その事に『どこかの橋の下で拾ってきた』って
笑って返していた。
一人っ子だったからか、甘やかされて育ったんだと思う。
活発で何にでも興味を示し、やりたがった。
それを嫌な顔ひとつせず、させてくれた。
小学校に上がると、活発さは影を潜め、穏やかな優しい部分が出てくる。
周りの子たちは、逆にどんどん活発になっていき、ボクは反比例していた。
その為か、冗談ですることに対し萎縮してしまい、虐められる事もあった。
自分を主張できる場所がなく、沈んでいた時に出逢ったのがサッカーで、
サッカーをしている時のボクは、誰よりも輝いていた。
中学、高校と進学し、状況は変わらず、変わったのはサッカーが無くなり
ギターに変わった事くらいだった。
この頃になると、反抗期に入り両親を見下げるようになる。
愛されて育てられる=過保護で育てられる
そう勘違いしていた。
とにかく、何かにつけて指示されるのが嫌で、『自分の考えがあるから
自由にやらせてくれ』と、いつも思っていた。
正月に行われる祭りで、代々伝わる踊りがある。
これは、16~18歳の男子のみ40人程で構成され、浜辺で2列に隊を組み
神様が通る護衛をする踊りだ。
列を組んだ後ろには、小学校の子たちも専用の衣装をまとい付いてくる。
全て合わせると100人近くの隊になるだろう。
ボクは、その先頭(前錦)を任された。
とても名誉な事で、凄く嬉しかった。
が、それを羨む同級が『代わってくれ』と凄むが、『嫌だ』と自然に言葉が
出てきた。
理不尽な事が大嫌いで、勇気がなく今まで抑えられてきたが、不思議と
怖くなかった。
冬の夜だけ行われる1ヶ月ほどの練習が終わり、本番当日、島民みんなが
集まり、カメラマンも数十人が島に入り注目されている中、祭りは始まり
神様が浜を渡る。それを護衛する舞をボクは自信を持って舞う。
両親ももちろん見に来ていたが、大観衆の中どこに居るのかは
わからない。
この姿を見せる事ができ、少しは自慢の息子になったと、この時は思った。