夫は、よく「できないことを『できます』って言う人がイヤ」と言う。
営業職の夫は、仕事でそう言われることが割とあるらしいのだ。
『頑張ります』ならわかるが、『できます』は違うと、イラっとするそう。
でも、私は別にイライラしないなと思った。
だって、相手ができるか否かは、ある程度こちらで判断できるから、『できます』と言っていても自分が「無理でしょ」と思えば、期待しなかったらいいだけ。
それで、できなかったら「やっぱりね」
万が一できたら「ラッキー」
これで何も問題ない。
相手の『できます』発言に感情が動くことはないのだ。
昨日の朝のこと
ポケモンカードバトルにハマり中の息子が夫に「朝ごはん食べたらポケカできる?」と聞いた。
夫は子どもより早く家を出るから、そんな時間はない。
なのに、夫は「できるよ。だから早くご飯食べな」と答えた。
え、、できないことを『できる』って言ってるよね?
自分が苛つく人と同じことしてるじゃない![]()
口を出そうかと思ったが、あくまで夫と息子の会話だから、静観することにした。
大人は、朝ごはんを食べ終わってからポケカする時間などないとわかるが、息子にその判断は難しい。
だって、やっと【時計の針を見て行動する】ができるようになった6歳だ。
親が「できる」と言えば『できる』、「できない」と言えば『できない』を素直に信じる6歳。
息子は夫の言葉を信じ、朝ごはんを頬張っていた。
しかし案の定、朝ごはんを食べ終わる少し前に夫の出発時間になった。
夫が鞄を持つと「パパ!?ご飯食べたらポケカするって言ったじゃん!」と息子。
そりゃそうだ、息子が100%正しい。
夫は、早く朝ごはんを食べさせるためにポケカという“エサ”で息子を釣ったわけだが、その後本当にそのエサを与えられないのなら、それは絶対にやってはいけないことだ。
時間もないため、私は上記のことをギュッとコンパクトにまとめて夫を咎めた。
夫は反省、息子に平謝りして夜にポケカを5回するという約束の元、許してもらって出勤した。
その夜、息子は夫と5回バトルして満足したみたい。
子どもが寝てから夫と話した。
「人のイラっとするところって、自分がやってることだよね」と。
私はできないことを『できる』とは言わないから、人が明らかに無理なことを『できる』と言っていても苛つかない。
苛つくということは、自分にもそういう面があるということだ。
今はまだ息子も小さいから許してもらえたけど、今後は気を付けなければならない。
もちろん、私もね。
日常の中でイラっとすることは、夫より私のほうが多いと思うから。
