はじめまして!たくぱんです!(^○^)
ブログ初投稿という事で、今回は自分の自己紹介とパン屋になった経緯を書いていきたいと思います!
少し長くなりますが、良かったら最後まで読んでください( ̄▽ ̄)
まず、僕は、25年前末っ子として生まれました。その日は丁度、地下鉄サリン事件の日で、年も一緒でしたので、毎年、誕生日の日はサリンの事をテレビでやってました。だから、毎年誕生日は考えさせられる日でした。
僕は末っ子だったので、凄く甘やかされて育って、僕もめちゃくちゃみんなに甘えて、小学校までは何でも自分の思い通りになると思っていたような子でした笑。
でも、そんな子が学校生活で上手くいくはずもなく、親友と呼べるような友達もいませんでした。
中学になるといくつかのグループが出来て、そのグループを転々としましたが、結局どこも上手く馴染めませんでした。塾でも、皆で夏祭りに行こうとなった時、自分だけ誘われませんでした。
そんな中、成績もそこまで良いわけではなく、高校の進路をどうしようか悩んでいた時、東北にある全寮制の高校を勧められました。
最初は行く気はありませんでしたが、学校説明会に行った時、みんながみんなと本当に仲良くしている姿を見て、ここなら、上手くやっていけるんじゃないかと思って入りました。
入って、ようやく、今までは全部人のせいにしてたけど、ホントは自分が悪かったんだって、自分が自分勝手すぎるからみんな離れていっちゃったんだって、気付かされました。そこから変わろうと思って努力し始めました。
この話をこれ以上するとめちゃくちゃ長くなってしまうので、パン屋になった経緯の話に移りたいと思います。笑
さて、僕が行った高校は色々特殊で、部活が、いわゆるバスケ部とか吹奏楽部とか、そういうのがなくて、畜産部や園芸部や米部など直接学校に貢献できるような部活しかありませんでした。
その中に製パン部というみんなの食事の食パンを作る部活がありました。
パンは元から大好きだったので、勿論入ってパン作りをしていたのですが、製パン部にはパンの知識を持っている指導者がいなく、何となく伝統的な作り方で作っていました。
しかし、その作り方がそもそも間違っていて、通常1時間半ほどの発酵で良いところを3,4時間発酵させて作ってました。
さらに、石窯を使って焼いていたのですが、これも指導者がいなく、温度計も使ってなく、火を付けて、何時間か待って、手を入れた時に3秒位で「熱っ」ってなったらオッケーという適当な目安でパンを焼いていました。
当然上手くいかず、角食パンなのに5,6割の高さしかない食パンが焼ける事がほとんどでした。さらに、パンを石窯で焼いていたので、焼くのも火が強すぎて、窯に入れて5分で焦げ臭い匂いがして、出したら、中は生で、耳だけ焼けて焦げてたみたいな事もありました。
でも、たまーに、普通の食パンまではいかなくても、8割くらいの高さの食パンが焼けて、焼き上がった時、本当に感動したのを覚えています。
でも、だからか僕はパン屋さんのパンは何で毎回普通に角食パンがちゃんと焼けるのか不思議でしょうがなかったです。
それで、長期休み、実家に帰ってきて、地元のパン屋に聞きに行った所、そもそもの作り方が間違えていた事を知りました。
そこから、作り方を変えて作り始めたら、徐々に普通の食パンの高さにパンが焼けるようになってきて、3年の頃には割りと安定した食パンが焼けるようになり、パン作りって本当に面白いなと思いました。
そこから、パン作りの専門学校に入る決意をして、はれてパン屋さんになったわけです。
以上、今日はパン屋さんになるまでの経緯を話させていただきました!(^○^)
また、パン屋になってからの苦労の日々の事もどこかであげられたらと思うのでみてくださったら嬉しいです!(๑>◡<๑)