「仕事こそが人生にとって最大の重要事だ」
世の中にはそう主張する人もいますが、私はそうは思いません。
仕事が人生に占めるウエイトはじつはそれほどたいしたことはないからです。
時間で測ってみれば明らかです。
30代前半のころ、一度計算をしたことがあるのですが、1年8760時間のうち、仕事をしている時間はせいぜい2000時間程度。全体の約2〜3割にすぎません。
残りの7割は食べて寝て遊んで子育てをしているのです。
仕事はその程度のものなのです。
ところが、そのたかが3割にすぎない仕事がいつの間にか「人生の幸せ」を測る「モノサシ」となってしまい、その結果、人生を楽しめずにいる人が少なくないように思われます。
上司の顔色を窺うばかりの生活に疲れ、思うようなポストにつけないと嘆き、同年代より収入が少ないと自信喪失に陥り……。
これはとてももったいないことだと思います。仕事は3割ですから、人生全体から見れば「どうでもいいもの」。
その人の人生すべてを支配するものではけっしてない。
人生を楽しくするのはパートナーであり、家族であり、気の置けない友人たちなのです。普通にご飯が食べられ、暖かい寝ぐらがあり、子どもを産み育てることができ、なんでも話せるパートナーや友人がいれば、人生はそれで十分楽しいのです。
その事実がしっかりと腹落ちできれば、3割の仕事に振り回されたり、悩まされたりすることがどれほどアホらしいことかがわかるはずです。
とはいっても、私は、「仕事は『どうでもいいもの』だから、真剣にやらなくていい」と言っているわけではありません。
むしろ逆。
人間は、1人では生きてはいけない動物です。人が集まり「社会」という共同体をつくり、人間は社会に守られて生きているのです。
社会には、それがきちんと機能するための「ルール」が存在します。
社会で生きる私たちは、そのルールを守り、その中で自分の「やるべきこと」にベストを尽くす。
それが、私たちが社会で生きていく上で、最低限、求められることです。
もし、ルールに縛られず、100%自由に生きたいというのであれば、無人島で1人で暮らすしかありません。
そこでは、守ってくれる人は誰もいません。自分の身は自分で守っていかなければなりません。「完全な自由」とはそういうものです。
職場も1つの「社会」です。
職場に属する以上、その人には上司から指示された「やるべきこと」があります。それがその職場で生きていく上での最低限のルールです。
「私はこの仕事が嫌いだからやりません」では通用しません。
ならば、その職場を去るしかないでしょう。
特定の職場に属さずフリーランスで仕事をしていても、これは同じです。
なぜなら、仕事をする以上、必ず相手がいるわけで、それも1つの「社会」だからです。そこには、自分の「やるべきこと」が必ず存在するはずです。
ただ、それをしっかり果たせば、「仕事」についてはお役ごめんです。
やることさえきちんとやっていれば、仕事は、本当に「どうでもいいもの」なのです。
そして、もっと言えば、「どうでもいいもの」だと思うからこそ、思い切って仕事ができるのではないでしょうか。
なぜなら、上司になんと言われようと、たとえ失敗しようが、左遷されようが、しょせんは「どうでもいい」ことなのですから。自分の「やるべきこと」を、自分の信念に従い、自分が納得できるまで真剣に取り組んでいけばそれでいいのです。
「どうでもいいもの」だからこそ、
上司の顔色を窺う必要もなく
「どうでもいいもの」だからこそ、
上司の意見に100%とらわれる必要もなく、思い切って自分が正しいと思う方法で全力で仕事に打ち込めるのです。
人生があってこその仕事。
人生を楽しめてこそ、仕事もがんばれる。
仕事ばかりでは、人生も仕事もどんどんつまらなくなっていきます。
あらゆるイノベーションは、じつは怠け心から起こるのです。
たとえば、夕方4時に上司から5時間の仕事を言いつけられる。
真面目な人は、すぐさまに仕事に取りかかります。4+5=9ですから、夜の9時には終えられると考えるのです。
ところが7時にデートを約束をしている人は、なんとか3時間で終える方法はないかと必死に考えます。
この怠け心がすべてのイノベーションを生むきっかけになるのです。
4+5=9ではいけないのです。