般若心経を
「苦しみに惑わされることなく」
「変化を受け入れて」
「こだわりを捨てる」
「もう迷うことはない」
「さあ、行こう!」
という5つの部分に分けて、30の言葉の現代語訳とともに身近な例に当てはめながら、仏の智慧を解説します。
◆こだわりを捨てる
①是故空中無色 無受想行識
(ぜこくうちゅうむしき むじゅそうぎょうしき)
したがってすべての事象が空であるからには色形も無く、受(感受)も想(記憶)も行(意志)も識(識別)もない
この世のすべての現象に永久不滅など存在せず、個人の感覚も幻のようなものです。
目に見えるものは一瞬で変わるのですから、絶対的な価値など存在しません。
だから、意見やライフスタイルの違いで人と争うのは愚かなこと。
そこに気づけば謙虚になれて、人に優しくなれるはずです。
②無眼耳鼻舌身意
(むげんにびぜっしんに)
空の中では「六根」といわれる眼も耳も鼻も舌も身も意も存在しないのだから、感覚に頼りすぎてはいけない
感覚は人によって違うもの。
同じものを見たり聞いたり、味わったりしても、どう感じるかはその人次第です。
あらゆる人に共通の絶対的な感覚など、この世の中には存在しません。
③無色声香味触法
(むしきしょうこうみそくほう)
「六境」といわれる、目が見た色、耳が聞いた音、鼻がかいだ香り、舌が感じた味、身が感じた触感、心の意識も存在しないのだから、六境に惑わされてはいけない
感じとるものすべてが、人の心を乱します。
絶対的な感覚などないのですから、今感じていることが絶対正しいとか、間違いであるとか思い込む必要はありません。
それがわかると、何かに心を支配されることがなくなり、あるがままの喜びや悲しみを実感できるようになります。
④無眼界 乃至無意識界
(むげんかい ないしむいしきかい)
目に映るものから、それらを受け止める意識まで、六根はすべて「無」なのだ
「いい、悪い」や「好き、嫌い」で物事を判断すると視野が狭くなって、自分が苦しむことになります。
自分の価値観を優先させず、客観性のある柔軟な感性をもつことが、幸せな人生につながります。
⑤無無明 亦無無明尽
(むむみょう やくむむみょうじん)
自分の無知を知って執着を捨てるのだ。悟ることにも執着してはいけない
知らないことは、恥ずかしいことではありません。
人はいくつになっても学ぶことができます。
未知のことにときめく純粋さを忘れず、今日も学べるということに感謝しましょう。
⑥乃至無老死 亦無老死尽
(ないしむろうし やくむろうしじん)
老いることや死ぬことまで、すべての苦しみにとらわれてはいけない
死ぬことに不安や恐れの気持ちをもっても、もたなくても、いつかその日がくることに変わりはありません。
それがいつなのかは、誰にもわからないのです。
わからないのですから、考えてもどうにもなりません。
すべてを自然な移ろいにまかせきってしまえば、不安も恐れもなくなります。
⑦無苦集滅道 無智亦無得(むくしゅうめつどう むちやくむとく)
苦しみもその原因も、苦が消えることや悟りへの道にとらわれてはいけない。
今までに学んだ智慧も御利益も捨てて前へ進みなさい
仕事で最高の成果をあげたと思っても、まだ工夫の余地があるかもしれません。
大切なのは、何があっても歩みをとめないことです。
どんな高みに達しても、安住してはいけないのです。
ひとしきり喜んだら、また一歩踏み出しましょう。
⑧以無所得故(いむしょとくこ)
何ひとつ自分のものではないのだから
どんなに多くのものを手に入れても、あの世にもっていけるものは何もありません。
命さえ、仏さまからお預かりしたものなのです。
すべては預かりものなのだということが理解できれば、物事に執着しなくなります。
執着をひとつ捨てれば、ひとつ苦しみから脱することができて、それが喜びとなります。
