子供であれ大人であれ、怒りの感情が出てくるのは自然なことです。


怒りの感情が起きても、行動化を抑えるための方法の一つが「コミュニケーション」です。



カッとなっても手をあげることなく、相手と話合ったりしながら問題を解決していく。それが人間社会の知恵です。



国と国の関係でも、国民全体が感情的になり、行動化が抑制されないと戦争につながる。行動化の結果としての戦争を避けるために、外交努力などの話し合いが続けられる。



要するに、戦争という事態は避けながらも、自分たちの国が不利にならないように、相手国と充分に「コミュニケーション」するのです。



このように、暴力に訴えず、相手と話し合って解決していくためには、一定のコミュニケーション能力が必要になる。



子供たちは、そのコミュニケーション能力のトレーニングがあまりされていない。



たとえば、子供たちが言い争い程度のケンカをしている場合でも、そこに先生が割って入ってすぐに止めるので、子供たち自身が話し合いをすることによって自分たちの力で乗り越えていく機会が奪われてしまっている。



大人が何でもやってあげるので、自分の気持ちを言語化して相手が納得できるように伝える能力が育っていかないのです。



感情を言語化する能力が育っていないために、感情が行動化され、暴力に訴えてしまう。



世の中には、脳の障害で運動性失語症という状態になってしまう人がいます。

彼らは、自分の言いたいことが言えないもどかしさから、感情が行動化しやすいと言われている。



「いま自分はつらいんだ。だから、やめてほしい」と伝えることができれば、行動化しないですむのだが、それを言語化して伝えられないときは、不満が溜まって感情のはけ口がなくなり、感情がどんどんエスカレートしていく。



子供たちの暴力行動が増えている背景には、自分の感情を言語化する能力の低下、コミュニケーション能力の低下があると考えていい。



先生に自分の気持ちを言葉にして言えないものだから、先生に対して手が出てしまうのだ。



背景には学力の低下も関係しているのではないか。



自分の気持ちを言語化することは、知的な作業である。



学力不足で知的レベルが高まらないと、表現力も乏しくなり、言葉で伝えるための能力も低くなる。



そのため、自分の気持ちをうまくコミュニケーションできずに、先に手が出てしまうのではないかと思われる。