そもそも人間にとって「苦悩」とはどのようなもので、どのような意味があるのでしょうか。


過酷な状況を生きぬくために無感動、無感覚、無関心になる。

そうしなければ、生きれなかった。


自分を守るための「心の装甲」

何を見ても感じなくなる「感情の鈍麻」



苦悩を感じないのは、良いことでしょうか?


そんなことはありません。

心が揺れ動いたり、傷ついたり、悩み苦しんだり、涙したりする。


これが人間としての自然なあり方なのです。


生命そのものが一つの意味をもっているなら、苦悩もまた一つの意味をもっているに違いない


容易なポジティブ・シンキングによって前向きに生きるよりも、悩むべき人生の本質的問題に直面した時には、それをごまかさず、目をそらさず、真正面からとことん苦悩してよいし、そうすべきだ、苦悩には意味があるし、苦悩の極みにおいてこそ人間精神は真に高められていく、と考えます。




「失感情症(アレキシサイミア)」


失感情症とは、痛みも苦しみも感じなくなってしまう心の病気です。


人はたとえ苦痛によっていかに多くの不快がもたらされようとも、苦痛を感じるというそのこと自体は失いたがらない、ということです。


人間は、つらい時には「このつらさがなくなったらどんなに楽だろう」と思います。それは、たしかにそうなのです。


しかし、つらいはずの時に、そのつらさを感じることができなくなるのも、またつらいことなのです。


私たちは、恋をすれば胸がドキドキしますし、桜を見れば「春が来たな」と気分の変化を感じます。

それと同じように、苦しい時には「苦しい」と、悲しい時には「悲しい」と感じることが自然なことだし、またそうありたいと思っています。


失感情症の人は悲しむべき時に、悲しいという感情を感じることができません。

桜の花が咲いてもうららかな気分になりません。


何も感じられなくなることは、苦しむべき時に苦しいと感じることより、さらにつらいことなのです。


苦悩は、それ自体が一つの業績である


あなたがどれほど人生に絶望したとしても、人生があなたに絶望することはけっしてない。