駆け足で「超」整理法を読みました。三度目かな。
今の仕事は書類に追われる程ではないので、整理法はプライベートな書類に使う程度。机の抽斗(ひきだし)一つで間に合ってます。封筒を立てると入らないし、何より見目が美しくないため、90度横にして。
「これで何処に何があるか判るの?」と言われそうですが、判るんです、これが。
というのも、先ず「ポケット一つの原則」に則っているから。
「全ての紙はこの抽斗に収納する」ことを決め、それを徹底する。「何処にあるかはともかく、いかなる書類も必ずこの抽斗の中にあると“判っている”」これはかなり心強いです。バタバタするのは「探している書類を、何処に収納したか判らない(思い出せない)から」。僕の場合は必ずこの場所にあります。無い時は、即ち捨てたということ。
次に、一度使用した封筒・ケースは手前に入れます。
すると使わなかった封筒はどんどん奥に移動していく(追いやられていく)。一定期間使わなかったもの=今後も使わないもの、という可能性が高い。そうしておいて、時々奥の封筒の中身を確認し、整理します。他所からのアイデアですが、収納場所(抽斗や衣装ケース、本棚など)は、「75%=満杯」として使用すると使い勝手が良くなります。
読むのが三度目ともなると、収納に関して目新しい話題はありませんでしたが(執筆から時間が経過しているので、PCに関する項などは古い情報も多い)、数学者ポアンカレの言葉に出会えたのは収穫でした。ちょっと今、理系づいているので。
最後に軽く引用を。
従来の整理法では、情報をストックとして扱っている。つまり将来に向かって価値が減少することを重視していない。したがって「いかに保存するか」に重点があり、「いかに捨てるか」は副次的なこととしか考えられていない。
情報が比較的少ない時代には、こうした考えが妥当したかもしれない。しかし、現代のように情報が増えてくると、基本的な考えを転換する必要がある。つまり、情報とは生まれ消えるものであり、一定の寿命を持ったフロー量である、と捉える必要があるのだ。
もちろん、いつまでも保存すべき情報はたくさんある。しかし、これらの多くは、図書館やデータベース・サービスが保存してくれる。だから個人のレベルでは、フローとしての情報に専念すればよいのだ。 (第三章 整理法の一般理論)
さあ、泳ぎきりましょう。書類の波、情報の海を。

