それゆえ、髪が白いとか皺が寄っているといっても、その人が長く生きたと考える理由にはならない。長く生きたのではなく、長く「有った」にすぎない。たとえば或る人が港を出るやいなや激しい嵐に襲われて、あちらこちらへと押し流され、四方八方から荒れ狂う風向きの変化によって、同じ海域をぐるぐる引き回されていたのであれば、それをもって長い航海をしたとは考えられないであろう。この人は長く航海したのではなく、長く翻弄されたのである。
セネカ 「人生の短さについて」 七段
ルキウス・アンナエウス・セネカ(ラテン語: Lucius Annaeus Seneca 紀元前1年頃 - 65年4月)は、ローマ帝国ユリウス・クラウディウス朝期の政治家、哲学者、詩人。父親の大セネカと区別するため小セネカ(Seneca minor)とも呼ばれる。第5代ローマ皇帝ネロを幼少期には家庭教師として、また治世初期にはブレーンとして支えた。ストア派哲学者としても著名で、多くの悲劇・著作を記し、ラテン文学の白銀期を代表する人物と位置付けられる。
人生、自分の自由に出来ない時間の何と多いことか。けれど、それが逃れられぬことならば、愚痴を言ってもはじまらない。勝負には、配られたカードで挑むしかない。
僕はもう少し生き急いでもいいのかもしれない。
今まで思ったことはないけれど、今そう思うということは、その時が来たのだ、という気もする。生き急ぐと言っても、無茶をするということではなく、「自分にとって一番大事なことを見極め、最優先でそれに取り組む」ということ。それはきっと、時間という概念すら忘れてしまう最も贅沢な時間の使い方。
