群馬県沼田市、旧白沢村岩室付近に存在する中生代の地層、「岩室層」ですが、堆積環境や地質年代の詳しい詳細は明らかにされていません。

なので今回はこの岩室層を掘り下げて堆積環境や地質年代の考察をしていきたいと思います。


岩室層の堆積環境ですが、産出する貝化石を中心に考えていきます。

まず岩室層は富山、新潟、長野の県境付近に広く、厚く分布する来馬層群という地層に鉱物や産出する化石が極めて類似することから同じ海域に堆積した地層であることが分かっています。

また同時期に堆積した地層では、左から山口県の豊浦層群、真ん中の来馬層群、右の宮城県の志津川層群の3つの地層があります。

ただ、同時期の海で堆積したのは共通していますが化石の共通種が少ないことからこの時代に3つのそれぞれ異なった海域が存在していたことが明らかになっています。

また来馬層群に対比される地層に岡山県の山奥層というものもあり、岩室層とかなり共通していると見られていますが、岩室層と違い、来馬層群の寺谷層の要素を含んでいるそうで、山奥層が発見された当初からジュラ紀ライアス期を示すだろうアンモナイトの破片が発見されています。

岩室層の産出が報告されてる貝化石は大きく分けて全部で6種類と少ないです。それでも代表的なエオミオドン・ブルガリス、クレノトラペジウム・クルメンセといったシジミ貝や、バケベリア・マグニシマ、カルディニオイデス、エオペクテン、そしてイソグノモン・マグニシマという貝化石が産出します。この中でエオミオドン、クレノトラペジウム、カルディニオイデスの3種は汽水生二枚貝、バケベリア、エオペクテン、イソグノモンの3種は海生二枚貝とみられています。

それプラス自身が見つけたトリゴニアの跡と思われる貝化石を採取しています。

これです↓

トリゴニアはジュラ紀の示準化石にも使われる貝化石です。

生息環境は浅瀬の内湾、浅海とも言いましょうか、完全に海のものですが浅瀬にいたアンモナイトよりも更に浅瀬に生息していたそうです。


岩室層は堆積する砂岩に漣痕(れんこん、さざなみ)という波の跡が確認されています。これは沿岸性の堆積物を示しています。これは対比される来馬層群の6層すべてが海水の影響を強く受ける沿岸性の頻海成層か内湾を示す海成層のどちらかしかないことにも影響していると思われます。

岩室層は産出するバケベリアといった動物群が来馬層群の榀谷層(しなだにそう)に対比可能であることやイソグノモン・マグニシマの産出からも頻海成層を示すことが分かっています。

また、来馬層群が多量の植物化石を産出するのにも関わらずその水域は決して汽水ではなく、海水の影響を強く受ける海域だと分かっています。これは対比される岩室層も汽水よりも海域にとても近い堆積環境だったとも言えるでしょう。

岩室層の貝化石を紹介している展示等に足を運んだことがありますがよく淡水生の貝化石が産出すると書かれていますが上記でも推測される堆積環境から決して淡水ではなかったと思われます。大部分の岩室層は入江に堆積したと書かれてる本もありますが、おそらく入江よりは水深の浅い「潟(かた)」で堆積したというのが一番妥当というかふさわしいと思います。その理由としては産出する貝化石に完全に海のもの、例えばトリゴニアなどの化石が滅多に産出しないからです。もし入江の浅い海に堆積していれば、トリゴニアを初め、もっと多くの海生二枚貝が散見されるはずです。もっと言えば頭足類のアンモナイトやベレムナイトも産出することでしょう。

でも出ない!それが答えです。

結果として岩室層の貝は海浜性の貝化石と考えるのが良いように思います。

またとある論文には岩室層は下部、中部、上部に分けられ、下部層は蛇行河川の扇状地(おそらくデルタ)の環境を示し、中部層と上部層は湾環境を示すと大まかに語られています。

なので個人的見解として、岩室層の堆積環境は、海水の影響を強く受ける沿岸性の海域で、そこには河口付近に生息する汽水生のシジミ貝や浅い海の中でも生きていける海浜性の海生二枚貝が共存する環境で、潟らしく、時には汽水、時には海水を繰り返す場所だったと推測します。

あと余談なんですが、イタヤガイ科のエオペクテンの産出が1つ確認されていますが、自分が採集したイタヤガイとは違うようなものがあります。それがこちら↓

1.


2.
1と2では種類が異なるように感じますが、どちらもエオペクテンの標本に当てはまらないイタヤガイ科の貝になると思われます。
エオペクテンじゃなかったらじゃあこれは何?となりますが、何となく来馬層群から発見されているChlamys(クラミス)やRadulonectites(ラドゥロネクティス)ではないかなぁ〜なんて思ったりします。と言ってもアマチュアの自分には分からないので専門家の方に鑑定依頼を出していますがまだ返答が返ってきていません(^_^;)

しかし、イタヤガイ類は基本海成層からしか産出しないもので、生息環境も水深10m〜100mの浅瀬であることが分かっています。なのでこの貝化石が産出したということは遥か昔ここが海であった可能性が高いことになります。これも岩室層が海に面した沿岸性の堆積物である証の1つでしょう。



次に岩室層の地質年代についてです。

おおよその地質年代については約75年前に岩室層から植物化石を発見し、岩室層(当時は岩室中生層)と命名された木村さんという研究者の方が長年研究され、中生代の三畳紀後期〜ジュラ紀前期を示すレート・ライアス植物群を大量に発見されたことで、ジュラ紀前期から古くとも三畳紀後期の地層だろうと考えられました。

※因みに、三畳紀最後の期をレーティアン期と呼び、ジュラ紀前期をライアス期と呼ぶことから付けられた植物群だそうです。

その後、共産する貝化石に先程も述べたエオミオドン、クレノトラペジウムといった三畳紀には見られない貝を産出することから三畳紀後期ではなく、ジュラ紀前期を示すライアス期であるとされました。

また更に裏付ける証拠として中生代に存在し絶滅したタカワラビ科のコニオプテリスという植物化石が産出したことでもジュラ紀前期を裏付けています。この植物化石です↓

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この植物化石も三畳紀には見られない(存在しない)ものです。
また、産出する貝化石にイシガイ目パキカルディア科のカルディニオイデスという貝があります。この貝はイシガイやドブガイの先祖とされていて、綺麗な沼や川に生息していました。ただ生息期間はそこまで長くないようでジュラ紀前期には存在していましたが、ジュラ紀中期には既に絶滅してしまったそうです。なので岩室層がジュラ紀中期まで新しくなることはなさそうです。ですがジュラ紀前期〜ジュラ紀中期でもあるかもしれないという見解もあるそうです。自分には分かりません。
因みに、


カルディニオイデスとはこのような貝です。
断片で申し訳ありませんが全体の7割くらいが保存されています。不自然に割れてる転石を見たらカルディニオイデスの断面が見えていて持ってきたものです。カルディニオイデスに関しては7個くらい採集してますがこれが一番大きく横幅7.5cmほどあります。完品だったら10cm級のものだったでしょうね、残念!

話はそれましたが、有力なジュラ紀前期のライアス期だとしても、ライアス期には古くから「ヘッタンギアン」「シネムーリアン」「プリンスバッキアン」「トアルシアン」の4つの区分があります。
果たして岩室層はどの期に当たるのか…難しいですね。
では先程述べた貝化石の動物群が来馬層群の

榀谷層に対比可能である点で考えていきます。

榀谷層は下位にアンモナイトを大量に含む寺谷層があり、上位にこれまたアンモナイトを含む大滝谷層があります。ちょうど海成層に挟まれた所にある地層なんです。

この2層は特徴的で頻海成層ではなく、海成層であり、寺谷層からプリンスバッキアン期のアンモナイトが、上位の大滝谷層から最上部トアルシアン期のアンモナイトが発見されているのでその間に挟まれてるということは…


※因みに、来馬層群は昔、下位から漏斗谷層(じょうごだに)、北又谷層、似虎谷層(ねごや)、寺谷層、榀谷層、大滝谷層、水上谷層の7層からなる地層でしたが、1996年に岩相や砂岩組成、地質構造の相違などから、来馬層群ではなく、福井県や富山に分布する白亜紀の地層である手取層群に含まれたそうです。

水上谷層は最初、無化石とされていましたが研究が進み、最上部からオニキオプシス・エロンガータという植物化石が見つかり無化石ではないことが明らかにされました。

また水上谷層はどうやらジュラ紀中期まで新しくなるそうで陸成層と見られています。


話が逸れましたが、来馬層群の堆積はプリンスバッキアン期に始まり最上位の大滝谷層が後期トアルシアン期を示すことが研究によって明らかにされたので、岩室層の地質年代はどんなに古く(遡っても)てもプリンスバッキアン期であり、新しくとも後期(最上部)トアルシアン期の間であることが決定的になると思われます。

まぁどちらであってもその時代は約1億8000万年前という気の遠くなるような時代です。
ということで、岩室層の地質年代は色々な要素を考慮してジュラ紀前期のライアス期であり、詳しく見るとライアス後期にあたるプリンスバッキアン〜トアルシアン期のどこかにあたる!という結果になりました。
個人的にはちょっとでも古い時代のほうが良いかなという事と、名前の響的にトアルシアンよりプリンスバッキアンであってほしいなぁ〜なんて思います。勿論トアルシアンも良いんですがなんとなくです。

あと余談なんですが…去年の4月に発見したヒボドゥス目アクロドゥス科アステラカントゥス属のサメの歯についてなんですが20年前の2005年に研究者の方が1個、そして2025年に自分が1個見つけました。この2個の標本でアステラカントゥス属の詳しい種類が明らかになるかもしれません。
ただ母岩の質が近くの露頭からというより、上流の砂質頁岩のような質なのでもしかしたら大雨が降った後の濁流でかなり上の上流から流されて来たものかもしれません。それでは同一個体ではないかもしれませんね。
ただ自分が発見したアステラカントゥス属の歯は1本ですが完品であるみたいです。なにか研究の役に立てれば良いんですがね…
でもこの種のサメは長生きで三畳紀〜白亜紀まで生息していたそうなので仮に種類が分かっても示準化石にはならないので地質年代が改められることはないですね。
ただ示相化石としては重要で、このサメは海水と淡水の両方を行き来して生活していたのでこれが海で化石化したものか、河口付近の汽水で化石化したものかはかなり気になるところです。




これが2025年4月に転石を割っていたら出てきたアステラカントゥス属のサメの歯です。尖ってる歯ではなく、すり潰し型の歯になります。過去にもブログで取り上げたのでご存知の方も居ると思います。
横幅1.3cmと小さいですが、保存状態は良いと思います。潰れてもないし、変形もしていないように見えます。

ややサメの歯の話になってしまいましたが、結論をまとめると、岩室層は河口付近の汽水〜沿岸性のごく浅い海で堆積した地層であり、その時代はさまざまな事を考慮すると中生代ジュラ紀前期のライアス後期にあたるプリンスバッキアン〜トアルシアンの間のどこかで堆積した地層であるという結論に至りました。あくまでアマチュアの考察なので本気にしないで下さいね(^^)

では、ここまで見て下さった方々、ありがとうございます。
また今度!

産地.群馬県沼田市旧白沢村岩室
時代.中生代ジュラ紀ライアス後期
地層.岩室層