お盆明けからいよいよリフォーム工事が始まるので、このところゴミに囲まれてせっせと仕分けに勤しんでます。

まずは両親の残した荷物。特に、父のモノ。溢れているゴミの山。
片付けても片付けでも、右から左から上から下から湧いてくるゴミ、そしてゴミ、ゴミ、ゴミ。
夢でもうなされるほどのゴミで、どうしたらこんなに不要な物を取っておけるのだろうか?と不思議になる。

お酒の飲めない父は着道楽で、服への異常なまでのこだわりが酷く、同じものが何枚も。

服だけならまだしも、紙焼きプリントの写真、アルバム、ネガフィルム、カセットテープなども山のようにあり、

いつか、整理をするつもりだったのでしょうか。

母の若い頃の写真は選別して取っておいても、

父のはバンバン捨てて、さようならと感謝離。

書籍類は施設に入所した2年前にかなり捨てたはずなのに

えー!こんなところにもあった!というような隙間に書籍の山・・・。

当然、紐で括って捨てます。

そして、手紙や日記。何を晒したくて置いていったのか。

頭がおかしいとしか思えない内容に、自分はこれを反面教師にして絶対に何も残さないようにしなければ。と

決意を新たにした次第です。

また、表彰状やら絵画、額縁。
死んだものの表彰状を誰が飾るというのでしょうか。
そこにあったであろう絵画もいつの間にやら売り払った形跡があり、

カラの額縁がいくつか転がっており不気味でしかない。

 

9年前に亡くなった母の服もまだ出てくる。押入れの奥の方から・・・。

これは叔母にあげよう、これは捨てるしかない。と仕分け。
いつまで経っても、終わらず。

私は幼少期の頃から、結構引っ越し慣れしています。
今の家に住んでからも、事務所の移転が何度かあり、そのたびに断捨離もしてきたし。
自分の荷物は案外少な目。

それでも、自分のまで行き着かず疲労困憊で終わってしまう日が続く。

既に工事までカウントダウンに入り、残りのものをどうすべきか?考えてしまう。
 

これから自分の暮らしをどうしたいか?

何を残して、何を捨てるか。

すべてを見直して、大切にすべきことを改めて見つめなおす時間でもあります。



ライター・武田砂鉄さんの新刊「わかりやすさの罪」(朝日新聞出版)を読んでいる。

 

五輪延期の発表後の3月末、朝日新聞に載った「オピニオン&フォーラム」紙面で

砂鉄さんの意見を目にして、そうそうそう!と膝を打って読んでからの大ファン!なので(ファン歴浅い)

新聞をチョキチョキ切り取って今も見やすいところに貼って飾ってます(笑)。

 

「わかりやすさの罪」は、全体像をわかりやすくすることで見落としてしまったり、突っ込みをいれるべきことを引っ込めたりすることへの

警鐘ともいえる。なんでもかんでもシンプルにわかりやすくすることばかり高評価を受け、中身が空っぽなまま突っ走る…という

どこぞの国の政治家がいい例かもしれない。

 

例えば、AかBかという二択を迫られても、AでもBでもないCだ。とまったく違う答えを出せない窮屈さや、

そもそもなぜAとBの二択なのか?とそこに至った経緯を把握しようとする力が

いつのまにか私たちから削がれてしまっていないか。

 

コロナによって多くのことが変化せざるを得ない状況にある。

働きかたもリモートワークがやっと理解され始めた。

私は7年前の夏から、介護もあって先駆けてやってきたので大して生活に変化はない。

むしろ介護からも子育てからも解放された今、1時間の打ち合わせのためにわざわざ都内へ出なくても

zoomなどで打ち合わせを済ませられるので物理的にも精神的にも助かっている。

 

ところで昨日あたり、横浜市の成人式をオンラインにすると発表され物議を醸しているようで。

行政になんかわざわざお膳立てされなくていいから、その分浮いた諸経費を成人になった子の世帯にお祝い金として渡したらどうですか?と

思う。大学卒業までにお金はとっても掛かるし、大学行っていなくても健康に育て上げた保護者への慰労金に!と。

 

もともと成人式なんか出なかった私としては、こんな世の中になる前から

たぶん「みんなと同じでありたがらない」傾向があった。特にそれを目指してきたわけじゃなく、そもそも「同じではなかった」から。

なぜ二十歳を行政に祝ってもらわないとならないのか?

なぜ一斉に同じ日に狭苦しい公共のホールに集められ、そのために出費せねばならないのか?

なぜ同級生と仲良く同窓会をして楽しまなければならないのか?

 

・・・全部、やなこった!と放り出して、行かなかった。


他にも選択しなければならない数々のことを「みんなと同じを選ばなかった」から、よけいにこの本が指摘することが腑に落ちた。

ハッキリいって後ろ黒さと共に・・・ですが。(笑)

 

常識やら、スタンダードを今一度振り返ってみると、

誰が何のために?

それが本当に必要なのか?

押し付けられる感じ、嫌じゃない?

みんな一緒で何がうまれるのか?

・・・など、観察してみるいい機会かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コロナコロナといっているうち、遂に7月。

上半期終わり、下半期の始まり。

 


相変わらず仕事オンリーな日々で、単調なことが根っから苦手な私としては

週2回ある就活生のオンライン面談は結構楽しんで対応しております。

 

5月後半くらいから22年卒の大学3年生も面談希望が増えてきて

やはり4年生の今とは意識がかなり異なりますが、

いずれにしても今の就活レースってなんでこんな早くからお尻たたかれるんだろう?と

不思議な気持ちになります。

 

なかでも不思議な問いかけ

 『私に合う会社、ありませんか?』

という、これ。今の流行りフレーズなんでしょうか?

 

あなたに合う会社とは、どんなイメージをお持ちなんでしょうか?と聞くと

「新しいことに挑戦できる環境」「年功序列ではない会社」「残業の少ない企業」などなど

いろいろ言うのですが。。。。

はい。それならそういう会社を目指してください。
ただし、そういう会社に行けても何らかの困ったことは起こらないとは限らないですよ?
会社なんて一歩はいって働いてみないと、合うも合わないもわからないですから。

・・・とお伝えしています。

 

思うに、「マッチングアプリ」のようなものが世の中に蔓延っており、

条件を入れて検索すれば「私に合う」答えがすぐに表示される今。

それじゃあ、それに乗っかって聞きたくもなるさ・・・ですが。

 

そんなベンダーにコインを入れてすぐに飲み物が提供されるような

便利な仕事斡旋をするオンライン面談ではないので。。。

 

仕事柄、私はそんな大役は預かれませんし。

 

あくまでも経験上からのアドバイスをするだけです。

 

そして、みんなに伝えることは・・・

マスコミ志望なら少なくともこの時代の動向をチェックしてほしいし、

この国が抱えている問題について考えて、自分の意見をもってほしい。

会社情報を検索する前に、今がどんな時代かを把握しないで

どうして仕事のことなんか語れるものだろう。

 

ああ、いつになく仕事モードのタチナオルになりましたが

今日は私が逆に言ってみたい。

 

「私に合う、夫っていますか?」と。(笑)

 

 


 

 

ブログがまた滞ってしまった。水曜日は「イエル」の日にしたので、やっと書けます。



横浜市金沢区出身の文筆家・堀越英美さんを先日取材させていただきまして。
なんと金沢区出身の堀越さんが中学時代にくだらない校則に反発していたエピソードを聞いて
賢い人はどこまでもやり方がスマートだな~と感心しつつ。

当時もし、SNSがあって反対する子ども同士つながっていたら
起爆剤になったのではなかろうか?などと思ったり(笑)。



そんな中。Facebookで友達の息子さんの話を読んでビックリしたのが、いまだに管理教育に埋没している学校があるということ。

目が痒くて目を瞑っていただけなのに「居眠りしたやつは一度でも見つけたら1だからな!」と息巻く教師がいたとかで。
脅し。聞けば絶対評価らしいのですが。1をつけたいわけでもなかろうに。
居眠りしちゃうくらい魅力のない授業をやってる教師に罪はないのか?ですし。

まあ、そんなこんなで、くだらないことですが私自身の「1」の思い出を紐解いてみますと。

中1の1学期に家庭科で「1」をもらったのは、後にも先にも、私くらいしかいないのではないでしょうか。

 

当時、その重み。その意味がよくわからなかったのですが、

当時の家庭科教師Hのこと、ワカメヘアの痩せぎすの女教師が大嫌いだったんですの。
自分のこと「H先生ね~」とかすれた声で言うこの老女が、おそらく当時今の自分とさほど年齢は変わらなかったと思いますが
先入観と、決めつけがすごくて。当時の教師は皆その傾向が強かったと思うけれど人一倍でしたね。
外人顔の私は、別に不良というほど悪くはなかったけれど、この老女から目の敵にされていた覚えがあります。

どこにいても目立ってしまうので、容姿で嫌われても「屁」とも思わないのですが。。。

ところが、当時、白い割烹着を縫う(信じられないほどダサい)という授業で

なぜだか覚えていないけれど毎週持っていくべき割烹着の布地やら裁縫道具やらを、

わざとではなく毎週連ちゃんで忘れてしまって手ぶらで参加していたわけです。

今なら、そんなことがあったら家庭の事情とかいろいろ聞いてきたりしたでしょうけれど。
当時、私の家はゴタゴタしていたわけです。この辺の話は今回割愛しますが。
12歳の小さな胸を痛めて、それでも毎日学校に通っていたんですがね。

で、1学期の家庭科「1」つけて、帰ったわけですが、母は編み物が得意で手仕事も完璧な人でしたから

さぞかしビックリしたことでしょうねえ。当時、高校生になっていた姉は、このH先生のことを知っていたので
「1なんて5取るよりも難しいんだから!」と、興奮気味にネタにしていたし。
何しろ適当にノラクラ普通にやり過ごしてきている姉のような人にとっては、

私は当時からアホなことばかりやらかす出来損ないの妹でしたので。



ただ、母は、全然「1」に頓着せずに、私が別の面で才能があることを
称えてくれていたので、私としても変な劣等感を抱かずに育ってしまって今に至ります。

12歳の冬に、作詞大賞を取って家にいきなりYAMAHAのフォークギターが贈られてきたりしてましたので
書くことが好きなんだから、学校の家庭科「1」でも、まあ、いっか。で。

ただ、中2の1学期始めに、神奈川県から東京都へ引っ越しとなり
当時の内申書なるものがまっさらな状態になったのは有難い落ちでしたが。。。


管理教育への反発は、当時からかなりあり。
友人のつぶしたカバンを返してくださいと代理で職員室へ行ったら

その場でバスケット部顧問のSという男性教師にボコボコに殴られて、顔が腫れあがって帰宅。

母がその顔に驚いて、大手新聞社の新聞記者をしていた父が、学校に乗り込む。。。という顛末がありました。
「これ、書いてもいいんですよ」と校長に言うと、青くなって平謝りしたとかで。
今なら教育委員会やマスコミも黙っちゃいないでしょうね。
 

それからほどなくして、転校することになったので、
あの時に全部記事にして暴露しちゃえば、あの暴力教師巣窟の学校は少しはマシになったのではなかろうか?と
いまだに考えたりもします。

私は幸運にも脱出して、別の世界でのびのび生きられたので

「1」の辱めは薄まりましたが、逃げられない空間で「1」をつけられたら・・・

それはもう、そんな学校、行かなくてよくね?と。教育の価値なんかない。
・・・親になった今ならハッキリ言えます。

私の反骨精神をそのまま受け継いだ息子の話は、また今度に。





 



 




 

 


午後から客人が来訪し、ランチしてから
森へお連れしました。jwaveで自分の声が流れてきてビビってしまった。スタートしたばかりの、相談室イエルのプロモーション。

恥ずかしげもなく。笑 客人も車🚗で聴いたという。「すごく声が低いから、怖い森みたいだ」とか言われましたが。ユーミンの歌が、私のキーなので低いのは仕方がない。暗くはないからいいでしょう。

森ツアーは初の方でしたので、楽しみ半分、不安半分。マスクしてましたが、暑くて途中、人がいない所で外して息を整えたり。

緑深く、蒸し暑さは、まもなく梅雨の訪れを感じます。今日はもうカエルの鳴き声はしなかったなぁ。しかし、鷺が1匹田んぼにいたのを見かけました。かなりサイズは大きい。何やら餌をついばんでいました。

ウグイス、ホトトギス、ガビチョウ、モズなど綺麗に鳴く声が森に響いてました。動画でご覧ください。

ホトトギスのことをカッコウ…と呟いてるのは間違いですので!失礼しました。

そのホトトギス。ウグイスの巣に卵を産みつけて🥚育ててもらったりする、恐ろしい一面のある鳥。美しい声もいろんな意味があって、姿は見えないけれど喋っているようでなかなかおもしろい。


森の守護神の木彫りの像、顔が半分溶けていたのがシュールでした。雨☔️による腐敗なのか?修繕しないのかな。












まもなく蛍の季節です。時間帯を逃さないように準備しなくては。 その日がきたらInstagramでLIVE配信しまーす!

イエルは当面水曜日に対応します。お問い合わせはお気軽にどうぞ。