『感動する脳』
2007年4月2日第1版第1刷発行
著者 茂木 健一郎
発行所 PHP研究所






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第3 『感動』は脳を進化させる

1

脳は使い方次第でどんどん進化をする。意欲をもって前向きに生きてゆけば、脳の働きはよくなる。どうせ自分はダメだと思い込めば脳もまたダメな脳になってしまう。

生まれつきの良い悪いなんて関係ない。考え方次第で脳も自分も変えることができる。常に自分は変われる、あるいは変わりたいと願っている人は、感動も起こりやすい。


2

脳は「オープンエンド」(open ended)。脳はいつまでたっても完成を迎えることのない、まさに青天井の構造をしている。



60歳になり定年を迎えた人たちの多くは「もう後は静かに余生を送るだけだ」「この年からは何も新しいことははじめられない」と考えている。

ちょっと待ってください。あなたは定年になったかもしれないが、あなたの脳は定年になどなっていない。生きている限り変化しているのだから。


3

多くの人が、実は感動するということを通して、自分の人生が変わったと実感している。もちろん放っておいても脳は緩やかに変化している。しかしそれだけでは人生は変わらない。

多くの感動を味わうことで、人は自分自身や人生を変えることができるのである。



アインシュタインは5歳の時に父親に磁石を買ってもらった。

その磁石をずっと眺めていると、方位磁石がいつまでたっても同じ方向を向いていることに気づき、この不思議な現象に深い感動を覚えた。

そしてこの感動が、後に時間や空間について考えるきっかけになったのである。


4

感動というのは、脳が記憶や感情のシステムを活性化させて、今まさに経験していることの意味を逃がさずにつかんでおこうとする働きなのである。

脳が全力を尽くして、今経験していることを記録しておこうとしている。生きる指針を痕跡として残そうとしている。そのプロセスに感動があるといえる



 涙を流すほどの感動は、時がたっても頭の中に残っているものである。例えば映画の一場面に感動して涙を流す。

後々にその映画の題名やストーリーは忘れたとしても、涙を流した場面は覚えている。それは脳が必死になって、その一場面を記憶と感情のシステムに残しているからである。


5

感動というのは、未知のものとの出会いから生まれるもの。未知のものに出会った時、素直に受け入れる人と、ハナから拒絶する人がいる。この差はとても大きなものである。


未知のものを受け入れて感動できる人というのは、いつまでたっても若々しくいられる。若さとは変化するということで、決して年齢の問題ではないのである。


6

何か感動するきっかけになるものに出会った時、それをいたずらに抑えてしまうことさえしなければ、だれでも感動することができる。

それが脳の自然のメカニズムである。




最近感動が少ないと思っているなら、常にアンテナを広げて感性を研ぎ澄ましておくことである。そしてそのアンテナに引っかかったものに、素直に目を向けてみること。

映画を観たり小説を読んだりというような、文化的のことだけではない。会社へと歩く道に咲く花や、家路を急ぐ時に感じる季節の風。

そういうものに素直に身をゆだねることで、小さな感動はたくさん味わえるはずである。


7

共感の回路の働きが、男と女とは違う。一言で言えば、女性はどんなときにも、ある程度共感回路が働いている。

しかし一方、男性は社会的な状況に応じてこの回路をオンにしたりオフにしたりできるということがわかってきた。

共感回路とはたとえば、人が痛みを感じていたら自分も痛みを感じる。あるいは人が喜んでいたら、自分もうれしい気持ちになる。

他者との共感を生むという回路が脳の中にはあり、これは感動を支えるうえで真重要な役割を果たすものである。




ナイチンゲールは戦場で、敵も味方も関係なく手当てをした。これは女性にしかできない行為かもしれない。

おなじ人間なのだから敵も味方も関係ない。傷ついた人の痛みに共感できるからこそ、一所懸命に手当てをすることができる。

これが男性だったとしたらどうだろう「敵なのだから手当をする必要はない。我々の味方を傷つけたのだから苦しむのは仕方がない」と敵に対する共感回路を切ってしまうかも知れない。


男の脳と女の脳には確かに科学的には違いが存在する。しかし表面に出てくる差は、もって生まれたシステムよりも社会環境によるものが大きいと思う。

かつては秩序を守る警察官はほとんど男性だった。しかし今は、女性の警察官もたくさんいる。

おそらく女性の中にも、共感回路を自らの意志でオフにできる人も増えてきているのだろう。


(いつかその4につづく)