遅まきながら数日前DVDで『戦場のピアニスト』を観た。

主人公シュピルマンは屋根裏に隠れていたが不注意で音を立ててしまいドイツの将校に見つかったしまった。職業を聴かれピアニストだと答えると、ピアノの置いてある部屋に連れて行かれて何か弾けといわれた。そこで彼はショパンのバラード第1番を弾いた。
隠れが生活で精も魂も尽き果てているのに渾身の力で弾くのであった。感動の場面。
バラード第1番 演奏は 4’25からです。
ドイツ将校もピアノを弾きそれで好意を持ったのかどうかは解らないがシュピルマンを見逃してくれた。それどころか食糧を屋根裏に届けてくれたのだった。
シュピルマンは、「こんなにしていただいてあなたにどんな感謝をすればよいのやら」というと
将校は「神に感謝したまえ」と言うのだった。
大砲の音がするのでシュピルマンがあれはどうしたのかと将校に尋ねると、ソ連軍が迫っているという。
「これからどうなるのでしょうか」とさらに尋ねると将校は
「生きるか死ぬかは神のご意思による」「そう信じなければ・・・」
という。
将校の言うことはかっこいいな。
仏教でも同じ教えはあるのだろうが、彼の言い方はキリスト教的で僕にはスマートに聞こえた。
ノクターン 嬰ハ短調 遺作
この映像は色々の場面が映っていますが、ノクターン 嬰ハ短調 遺作 が流れるのは映画の冒頭 ラジオ局での演奏場面のみです。
ところで、この映画は何を表現したかったのだろうか。
ナチスの残虐さ
戦争の悲惨さ
厳しい戦争の中で奇跡的に生き延びたピアニストのドキュメンタリー的なドラマ
「ナチスの残虐さ」であればもっと厳しく描くはずだし、それに、ドイツ将校の美談まで入れている。
「戦争の悲惨さ」であれば冒頭に載せたDVDに写っている場面であるが、ワルシャワ蜂起が制圧されすべてが廃墟になり、主人公が一人とぼとぼと歩いていくところで終われば戦争の悲惨が大きく訴えることができたであろうに。
それが最終場面は、戦争が終わり演奏会で彼がピアノを弾きオーケストラをバックにオーケストラ用に編曲した大ポロネーズを演奏し観客が全員スタンドオべレーションで終った。
ということは、僕は、ナチスの残虐さ、戦争の悲惨さもあるが一番にこの映画が描きたかったのは、敢えて言えば「厳しい戦争の中で奇跡的に生き延びたピアニスト」であると感じた。
戦争の悲惨さについては今更いうもでもないことであるがいつどの戦争でも悲惨である。
そこで、今の日本で戦争を避けるにはどうしたらよいのであろうか。
大国であり続けようとすればどうしても戦争は避けられないのではなかろうか。