刀屋の主人から「惚れた娘の婚礼を聞いてその男は影ながら喜びましたか」と問われ、徳三郎は「ナニ、喜びません。だって酷うございます。一言も断らないというのはあまり酷うございましょう。それだから婚礼の席へ暴れ込んで、婿も娘も殺して、自分も死のうとこう言うんで」と気持ちを白状してしまいます。ここから刀屋の主人が徳三郎を説得するのですが、柳枝のものよりも詳細な内容となっていて圓喬の工夫が見られます。少々長くなりますがサゲまで掲載いたします。

 

刀屋「アハハハ、とんだ心得違いの人だ、あなたの御朋友おともだちという人は……。ネエ、たとえにも言うではありませんか、親子は一世、夫婦は二世、主従は三世と。三世の深い縁のある主人の娘と不義を働き、その上これを殺そうなどとは恐ろしい了簡、主殺しは重罪だよ」
徳三郎「だって、その男に一応の断りもなく、婿を取るというのはあんまり馬鹿にしています。人を騙しやがアって……」
「モシお前さん、馬鹿にしている、騙したと言いなさるが、その男とくっ付いた時に、男から主人の娘へいくら払いました。いくらお金を出しました」
「そりゃァ元々出来合いでございますから金も何も出しません」
「只でゲスか。只ほど安い物はない。言うと可笑しいが、入山型いりやまがたに二つほしの仲の町張り立派の女を買うのは、芸者幇間たいこ末社まっしゃ
(蛇足注:お大尽の取り巻き連中、大神(大尽)を取り巻く意味から)までに銭を使って、その上高い食い物を食って、いよいよというところでドッコイショと矢筈やはず(蛇足注:相撲の押し技)を食ったり、背負しょいい投げを食ったりする。それから思えば元々出来合いであってみれば、何も断りがないからといってそんなに腹を立つところはない。そういうと失礼だが、あなたの御朋友おともだちが、それほど悔しいと思ったら、ナゼ男らしい仕返しをしてやんなさらない」
「ヘエ、男らしい仕返しというと……」
「向こうを殺せば自分も死ななければならない」
「左様でございます」
「それだったら命懸けで仕返しをするんだ。その仕返しというのは、今に見ていろというンで、自分が死んだ気になって一生懸命に働くんだね。好うがすか、稼いでその主人の家よりも自分の方が立派な身上になって、その娘よりなお好い女を女房に持つんだ。そうして見せびらかしてやるんだ。サアどうだ、ナゼおれを亭主にしなかった。おれはこのくらい働き者だ。羨ましかろうと見せびらかしてやるこそ男らしい仕返しだ。つまりはその娘が男に惚れていないから、そんな婿などを取るんだろう。ネー、そうじゃありませんか。イーエサ、お前さんは朋友ともだちだから、惚れてると思ってるのだろうが、惚れていないね。もし又それほど惚れていると思うなら……、マアお聞きなさいよ。その女が惚れているなら、婿を取ったところがどういう心持ちでいるか分からない。確かに惚れていると思ったらまんざら憎いこともあるまい。それともどうあっても了簡がならない、自分も死に、先も殺そうと思うのなら。主殺しにならないよう、手を下ろさないで殺す工夫がある」
「ヘエ手を下ろさないで殺すというは、どういたします」
「その男がドカンボコンを決めるんだ」
「ドカンボコンというのは……」
「その男は泳ぎを知っているかね」
「知りません」
「泳ぎを知らなければ誠に幸いだ。両国橋なり大橋なり勝手の所からドカンボコンと飛び込む、一旦沈んで浮き上がり、又沈んで今度は土左衛門と改名して浮き上がるんだがちょいと面白かろう」
「おもしろかァありません」
「そこで芝居仕立てにすれば、お嬢さんが腰元に手を引かれて、日傘か何かでここへ通りかかる。死骸が河岸に流れ着いているとか、桟橋のそばへ引き上げているとかいうのを見て、アア済まない、私ゆえにこういう姿になったか。情けない、面目ないと思って、娘が惚れていれば続いてドカンボコンと飛び込む。そうすれば死骸が二つになって主殺しでなくなって心中と浮名が立つという話。マア惚れていればそうだが惚れていなければ、アノ人は死んだかえ、好い案配だ、好い気味といえばそれまでのこと。マアマア女日照りがするわけではなし、そればかりが女じゃない。向こうが惚れてるか惚れてないか、実地を見定めるまで、そんな事を一徹に思わないで、すいに暮らすが上分別、世の中粋粋すいすいお茶漬けサラサラ、アア腹が減った、飯を食おう。あなたご膳をあがっていらっしゃい……」
 表の方で『迷子やァい……』
刀屋「何だえ表がガヤガヤして、アア迷子か、イヤだぜ、字余りにも、およそ寂しいものはショボショボ雨に寒念仏、迷子の迷子の三太郎というが、この頃子どもが利口になって、迷子にならないと思ったが、婆さん、アノ声は迷子だよ」
婆「オオ怖い、あたしゃ迷子と間違えられて連れて行かれるといけないから出ませんよ」
刀屋「下らねえことを言って」
×「エー今晩は」
刀屋「ハイ、おいでなさい。ヤ、コレハコレハ、サアお入んなさい」
×「ちょいと急ぎますから……」
「何でございます」
「誠に済みませんが、お金を少々拝借したいんですが……」
「ハアいかほど……ナニたったそれッぱかり……、エーお安いご用、何ですえ一体……」
「エー、迷子で……」
「オヤオヤそれはご苦労様でございます。シテどちらのね」
「ナニ地主様のお嬢さんが飛び出したんで、ご両親は一通りの心配じゃありません」
「エーお嬢様、いくつにおなんさる」
「十九で」
「十九、何だ迷子じゃない、迷親まいおやだべらぼうな、十九になって迷子は馬鹿馬鹿しいね」
「エーちょいと聞くと馬鹿馬鹿しいようだが……」
「どう聞いたって馬鹿馬鹿しい」
「それがおかしな話なんで、実はね。店にいた若い者と去年あたりから少しおかしいことがあって、それが知れて男は暇が出たんだ。所が今夜娘の嫌がるものを無理往生に婿を取ることになった。それと婚礼をしちゃァ先の男に済まないというんで庭口からお嬢さんが裸足で駆け出して仕舞ったんで、親御はウロウロ、仲人は間へ入ってマゴマゴする騒ぎ。あたくしどもも地主様のこったから捨て置かれない。急に手分けをしてお嬢さんの行方を捜しに出たところが、懐に百もない。夜更けになって夜明かしの物でも食おうと思っても銭がなくっちゃァ仕様がねえ、家まで引っ返すのも面倒だと思ったらちょうどこちらの戸がまだ一枚下りずにいたんで、とんだ御無心をいたしました……。ア痛え、何をするんだ、いきなり人の横っ腹を肘で突いて飛び出しやがった。ありゃ徳じゃねえか。今向こうを向いて話している様子が、ちょいと似ていると思ったが今の話を聞いて飛び出したところを見ると徳三郎だ。アノ男に済まないといってお嬢さんは逃げ出したんだ」
「アアそうでげすかい、道理で好い男だ。どうも来た時から刀を見る様子が変てこだと思って、今まで足を止めていたが、どこへ行ったろう、ナア婆さん。前の意見だけでよせば好かったが、ドカンボコンなぞ言ったからな。それが只じゃあ湿っぽく見えねえからちょいと芝居仕立てにしようと思って、粋な話を仕掛けていたところだが、どうもこれは弱ったな。婆さんおめえ提灯を点けな。皆さん済みませんが、お嫌でもございましょうが、あたしを迷子の中へ入れて下さい」
「だってお止しなさいな。せっかく行って居なけりゃ詰まらねえ」
「ナニそうでない。若い者一人殺すのは可哀想だ」
×「オイどうしよう。旦那が一緒に行きてえというが」
△「連れといで連れといで、どうせ夜更けになるんだ、一人でも多い方がよい」
×「じゃアお出でなせえ」
刀屋「それはありがたい。婆さん提灯は点いたかえ……」
△「旦那ご苦労様でございます」
刀屋「ヤアとんだ迷子の野次馬が出来た。どうぞ連れてって下さい」
 ワーワー言いながら領国の橋に掛かり、
×「迷子の迷子の三太郎やーい……オイオイ女で三太郎というのは可笑しいが、お嬢さんは何という名前だね」
◎「サア、何という名だか分からねえ、お嬢さんお嬢さんとばかり言ってるから」
△「おせつさんだ、おせつさんだ」
×「アアそうか。迷子の迷子のおせつやーい」
刀屋「迷子の迷子のドカンボコンやーい」
 徳三郎は刀屋の店を飛び出して、領国の橋上まで駆けてきて、合掌組んで飛び込もうとすると、遅ればせに来た女の足音。振り返って見ると……、
徳三郎「オーお嬢さんですか」
おせつ「オヤ徳かえ。あたしゃお前に話があったよ……」
 後ろから『迷子やーい……』話をしておられませんから、迷子の声に追われて、木場の橋まで来ると、迷子やァいと横に逸れた様子……。
おせつ「徳や、道々も言う通り、あたしはお父っさまの言うことを背いて、こうやって駆け出して来たからにはとても生きては居られない」
徳三郎「左様なればわたくしもご一緒に……」
おせつ「嬉しいなう。未来とやらは一緒だよ」
 と互いに手を取り交わし、経宗とみえ、妙法蓮華経、南無妙法蓮華経と、橋の上からサーッと飛び込むと、あのへんだから下が一ぱいのいかだでございます。
おせつ「オヤ、ナゼ死ねないだろう」
徳三郎「アアー今のお材木で助かった」


(おはり)
文芸倶楽部 1905年(明治38年)十月十五日号 橘家圓喬『おせつ徳三郎』より

 

 前回、圓生はこの速記を読んでいないと書きましたが、圓生全集刀屋』にこの工夫が生かされております。圓喬から回り回って圓生に継がれたようです。
 圓喬の速記であえて触れなかったマクラがあります。圓喬が捨てた妻子にも関係することなので、次回はコラムとしてその話をいたします。


文芸倶楽部掲載時の挿絵 片山春帆 畫