平成という30年から新たな年号へ

1989年1月7日、
「昭和天皇ご崩御」を知ったのは、銀座の4丁目の交差点でした。
今はない電光掲示板にこの知らせが縦書き(だったように記憶しています。)で流れるのを、
私は目で追っていました。

1989年、昭和64年で平成元年。
2019年1月7日、あれから今日で丸30年が過ぎました。

『平成』。。。。。。。

それはバブルで始まり、そして崩壊。
パソコン・ファミコン・携帯・アイフォン・SNS・・・。
世界が一気に近くなった時代でした。

平成のはじめはバブル景気でした。
たくさんの英会話教室があちこちにできました。
ネイティブの先生がアメリカ、イギリスからたくさん来日されていました。
日本語教師という資格も飽和状態になりつつあった頃ではなかったでしょうか。
私も英会話教室の先生方に教えていました。
この写真は、イギリス大使館前での日本語教室の皆様との1枚です。




私も検定試験受験コースを教えるかたわら、
希望者には日本の文化や風習、マナーも教えました。

子供の頃にお稽古した日舞や、その後学んだ華道・茶道など、
そして、学生時代に学んだ小笠原流の作法がとても役に立ちました。

日本人も含め、世の中が「マナー」というものに敏感になった時代でもありました。
 

バブルが崩壊したことも関係があると思います。
お金ではない大事なものの模索が始まったと思います。
海外からの人たちとの日常的な交流もその一因でしょう。
また、男性社会に女性が進出したこともその一因があるように思われます。

一般作法としてのマナーから「ビジネス」のマナーが求められるようになりました。
私も新たに「ビジネスマナー講師」の資格を取得し直しました。
いわゆる一流企業と言われるところで講師を務めさせていただきました。

そんな中、ある日、パーティーの会場で、見ず知らずの方にお声をかけられ、
短大の専任講師、特任講師となりました。
この時の最初のきっかけは、肩書き以上に『所作』だったと後に言われました。
ビジネスの現場でも「所作」が大事だということですね。

「振る舞いが変われば云々」という著書の広告を目にしたことがあるように思いますが、
まさにその通りだと思います。

協会の本部でもたくさんの講師養成講座を担当しましたが、
皆様が取得されるのは「資格」以上に「所作」だと感じます。
入学された時とご卒業の時では大きな変化が見られます。

「資格」は、必要とされる時には大事なものですが、
「所作」は、毎日の中で大事です。

そして、「所作」は、「恕(辞書では思いやり)」の具体的な実践だと思います。
私のマナー講座が他の方々と違うのは「恕」の精神を根底に据えていることです。

平成の30年を恕の教育に、
平成の半分を、恕の実践的活動として
『カンナ・プロジェクト』という社会貢献活動に当ててまいりました。

間も無く新しい年号となります。

そして2020年1月、新しい年号になって初めての1月にカンナのタネが宇宙に行きます。
この年は戦後75年にあたります。そしてさらに・・・
あの広島の原爆の後、草木は生えないと言われた75年目に当たります。

このどれもが、計画してなることではなく、
本当に不思議な巡り合わせによるものなのです。

平成の30年が間も無く幕を下ろします。
新しい年号を静かに待ちます。


そして、カウントダウンをしながら、
この新しい年号になっての初めての1月の打ち上げの日を迎えたいと思います。




平成の30年、そしてこの先の未来へ・・・ 
 

橘のひとり言
2019年1月7日