一匹の鰆を以てもてなさん 虚子
鰆は魚偏に春と書き歳時記の季題も春ですが、
寒鰆といわれるように、
脂ののった冬が一番美味しいとされています。
地方によっては多少のずれもあり、
関東では秋、関西で春を旬とするところもあります。
日本山海名産図会(木村孔恭 宝暦13年 1763年)には、
『讃州に流し網にて捕。五月以後十月以前に多し』
と記載しています。
宝暦十三年五月一日は新暦では六月十一日で、
十月三十日は十二月四日にあたります。
春のシーズンよりかなりの漁期にずれがありますが、
俳句の世界では春が主流です。
角川俳句大歳時記・春(角川書店)の鰆の項には、
考証として江戸時代の随筆が多く記載されています。
「通俗志」(享保2年)、「靨」(安永6年)、
「栞草」(嘉永4年)などに兼三春、
「手提灯」(延亨2年)、「小づち」(明和2年)…
には一月とするとあります。
和漢三才図会(寺島良安 正徳2年 1712年))も、
『春月盛に出づ。故に俗、鰆の字を用ふ』
と旬を春にしています。
鰆の刺身は、『鰆の刺身は皿までなめよ』
いわれる程の美味で、
旬の異なるのも漁場の関係かもしれません。
刺身は鮮度の良いことは当然としても、
おろしてすぐ食べては、
鰆のもつトロリとした旨さは味わえません。
すばやく下処理をして、
冷蔵庫でじっくりと熟成させると最高で、
冬こそ一番と感じるはずです。
鰆の語源は、
日本釈名(貝原益軒 元禄13年 1700年)に、
サは狭いに通じ、ハラは腹の意とあります。
日本山海名産図会巻之三に、
『魚大なれど腹小に狭し。
故に狭腹(サワラ)と号く』
とこの説を踏襲していますし、
大言海も同じです。
鰆の幼魚をサゴシといいます。
西鶴織留(井原西鶴 元禄7年 1694年)巻六に、
『やはらか成物を着せて、
食物も朝は白粥に飛魚・さごしの外は毎日改め』
と書かれており、この頃すでにサゴシとして
区別されていました。
西鶴はひらがなですが、
漢字では狭腰をあてるのでしょうか。