あいそうのよいをほめられたと思ひ (柳多留8)
「にべもない」という諺があります。
今はあまり使われていませんが、
江戸の頃にはよく使われており
さまざまな形で登場します。
浄瑠璃心中天の網島に、
『連合五左衛門殿はにべない昔人。
嚊の甥子に倒され娘を捨てた』
とあり、情味のない人。
昔気質の人として描かれています。
浄瑠璃けいせい反魂香には、
『(御恨み候まじ。御情けとて成りがたし。
よき様に御取りなし頼み入るぞ)
(ハハアにべもなう埒あいた)』
とこちらは綺麗さっぱり片付いた表現に使っています。
いずれも近松門左衛門(1653年~1724年)の作で、
人情の機微をとらえた作品が多く
良く使われています。
浄瑠璃神霊矢口渡では、
『(足本の明ひ中とつとゝ)
(ごぜれと)(にべもなきこと)』
作者は風来山人(平賀源内 1728年~1779年)で、
愛想のない人としてとらえています。
その他に
「にべもしゃしゃりも無い」という使い方もします。
言葉の出どころは鮸(ニベ)の膠(ニカワ)で、
鮸の浮袋から膠を作ったことに由来します。
『②(粘着力の強いところから、
転じて、他人に親密感をあたえること。
多くは否定表現に用いる)
愛想。愛嬌。世辞…』(広辞苑)
鮸はあまり知られていませんが、
石首魚(イシモチ)によく似ており、
石首魚のシログチにたいして、
アカグチと呼ばれて混同されやすい魚です。
ともに耳石を持ち浮袋に
付随した筋肉を使って音を出します。
東北以南から東支那海に分布しています。
鮮度の良いものは刺身や焼き魚になりますが、
鮮度落ちが早いので、
高級蒲鉾に使われることが多く
一般に出回るのは少ないようです。
鮸の語源は肥後国風土記逸文によれば、
景行天皇が名付親という由緒ある魚です。
『(其の名解らず。止、鱒魚に似たるのみ)とまをしき。
天皇歴御覧しまして、日りたまひしく、
(俗、多なる物を見て、即ち、にへざにと云う)』
と記されています。
ニヘサニは多い、たくさんの意といわれています。