松やきに酒なき卓の灯くらし  宗一


江戸川柳の多くは庶民の

願望と想像力で息づいています。


その中で松茸は房事の格好の対象で、

それも柳多留や万句合の出典のはっきりしているものより、

むしろ出典のはっきりしない古川柳に

江戸っ子のエネルギーを感じます。


『赤貝は湯がき松茸酒で蒸し』

料理の口伝ではありません。

俗に「湯上がり女にほろ酔いの男」

と巷に流布している房事のありさまです。


『椎茸に松茸うまいだしが出る』

髪の結い方が干し椎茸に似ているところから、

川柳では御殿女中を椎茸といい、

上野出会い茶屋あたりの密会の様でしょうか。


始め淑やかにしていた女性も、

逢瀬をかさねる事にいつしか恥じらいも失せます。


『しい茸がかんぴょうでも巻けといい』

こうなったら女性も終わりです。


そこへ行くと柳多留は、

数々の毒舌、茶化しはどこへやらあたたかく見守ります。


『婚礼の料理松茸貝割菜』(柳多留31)

と予備知識を与えて安心させてくれます。


『松茸を食傷をして赤貝へどを吐き』(柳多留31)


『松茸を喰って赤貝へどを吐き』(柳多留31)

言葉は少々荒っぽいが、

やがて生まれてくる子供への喜びの序曲です。


『朔日丸で松茸の毒を消し』(江戸古川柳)

こちらは後ろめたく子供の誕生を恐れます。


柳多留や万句合の中にもそこは川柳で、

『松茸を出してうば殿どうであろ』(万句合 宝暦13年)

と迫るのもあります。


江戸小咄御笑酒宴に、

『丁子屋の女郎、大ぜい集まり、

心安い客と一つ所に飯を食ふ。

平皿のうちに丸煮の松茸あり。


女郎、客人の耳へ口をつけて、

「モシ、ほんに教えてくんなんし。

松茸は先からくふか、後ろからくふかへ』


初めて口にする本物の松茸です。

同じ見立ての話でもこちらの方は、

悲しくてやり切れません。