※本原稿は、私が4~5年前に、他サイト(現在閉鎖しました)に依頼され寄稿した原稿です。
ここに若干の修正のうえ、再録させていただきます。
「恋のスーパーパラシューター」の主題
「恋のスーパーパラシューター」は、デビューアルバム「ひこうき雲」の3曲目。
曲調は、全体的に静かな「ひこうき雲」の中では珍しく、躍動的なポップロック風。
歌詞の主題は、(恋の)狙いをつけた相手のハートに飛び込んでいくというもので、
そういった心情を、「飛び降りる=FALL IN LOVE」という連結でパラシューティングに
だぶらせているのでしょうか。
このパラシュートの題材は、荒井さんがアイドルとしていたジミ・ヘンドリックスが
パラシュート部隊に所属していた事をヒントにしたらしいですね。
「曇り空」
の記事でも触れましたが、この曲でも彼女の「きっと~」の変った言い回しが出てきます。
それは「きっとうけとめて」という歌詞なのですが、正直とても違和感のある文章です。
「断定的な推測」の「きっと」と「依頼や願望」の「うけとめて」が一緒になってしまっています。
でもリスナーの気持ちに、このように疑問符を抱かせるフック効果はあるようですね。
「恋のスーパーパラシューター」の音楽表現
今で言うところのスカイダイビングをモチーフとした曲なので、
そんな動的な躍動感と燃える恋心を、特に演奏表現で実現しようとしているように思います。
【概要】
この曲は、キーはC(ハ長調)で4/4拍子。
楽曲構成はイントロ8小節→ヴァースA(1番)16小節→ヴァースB(前サビ)8小節→
サビ4小節→ブリッジ4小節→ヴァースA(2番)16小節→ヴァースB(前サビ)8小節→
サビ4小節→ギターソロ12小節→パーカスブリッジ4小節→ヴァースB(前サビ)8小節→
サビ4小節→アウトロ9小節
特にヴァースBは、僅か10秒余りの短い場面ですが、さりげないながらも工夫された
コード進行が使われているようです。ちょっと聴いただけでは判り難いかもしれません。
あくまでさらりと進行しているところが凄いですね。
【イントロ】
イントロの8小節は、始まりを予感させるローズのようなエレピの音色が主体になり、
C→F→C→B♭を1ユニットとして4回繰り返します。
このリフのようなユニットは、曲中でも使えそうですが、このイントロしか出てきません。
【ヴァースA】
ドラムスのフィルインを受けて、「赤いレザーのジャンプスーツは~」という歌詞で、
ヴァースAが始まります。
ここでは細野晴臣氏のベースと林立夫氏のドラムスがグルーブし、
ダイビングを目前に、セスナで滑空しているようなイメージ。
正体不明の低いスライド音(フレットレスベース、または何らかの弦楽器?)も、
エンジン音やプロペラ音を表現しているのでしょうか。
ドラムは、バスドラにしては大きな入力のミュートされたタムタムのようなビート音が挟まれ、
躍動感が生まれているようです。
ここでのコード進行は、基本的にはT(トニック)→S(サブドミナント)→T→S→D(ドミナント)で、
8小節の極めてシンプルなものの繰り返しで、ストレートな表現です。
【ヴァースB】
「たったひとつの恋の真上に、落ちてゆけたら死んでもいいわ」という歌詞。
ドミナントコードG7(Cキー)でヴァースAのリズムがブレイクし、B♭で始まるヴァースBに移行。
ほんの10秒余りの短い場面ですが、とても面白い進行が展開されていると思います。
ここではまず、T(B♭)→D(F)→S(E♭)→D(F)というコード進行とスケール変化から、
B♭キーへの転調が確認できるようです。これはヴァースAのドミナントコードG7から、
同主調Gm7の平行調であるB♭に一時的に転調したと考えられると思います。
そして2回目のドミナントコードFの場面から、さらにA♭に移行します。
ここでは、スケール変化は確認できませんが、先ほどと同じく、ドミナントコードのFから、
同主調Fm7の平行調のA♭に一時転調したと考えると聴感と構造上自然なようです。
このA♭は、B♭キーの時と同じように、A♭キーで、T(A♭)→D(E♭)と進みますが、
CキーからB♭キー、そしてA♭キーというこの転調変遷は、同じ音程(長2度)で
下降していっています。
この下降は、まさに歌詞と照応して、下降していくダイビングを暗示しているかのようです。
イメージとしては、どんどん地上が近づく、高さの違う写真のコマ送り。
このA♭が飛び出るところの歌詞は、まさに「落ちてゆけたら~」という箇所で、
グンと下降する感じです。
作者がどこまで意識していたかはわかりませんが、歌詞の内容を、楽曲構造とソノリティで
うまく表現させようとしているようです。
さてしかし、このA♭キーは何故か、B♭キーの時とは異なり、SであるD♭には素直に進まず、
半音上ずれしてD7に進みます。
(ドミナントのE♭とD7は半音違いの平行和音であるので、E♭からの平行スライドには違和感は生じない)
この場面はまさに面白い進行と思いますが、なぜD♭ではなく、D7に半音あげたかの理由は、
続いて控えているサビの始まりを、本来のトニックコードのCにするために、定型的な小節枠(8小節)の制約の中で、ダブルドミナントの機能を使うためであったと思われます。
つまりD7にすれば、これを仮のドミナントとして、仮のトニックのG7に進行でき、
G7は本来のドミナントなので、Cに解決でき、再びCキーになれるということなのでしょう。
もしA♭への一時転調のまま進行させ、仮のドミナントをD♭のままにしてダブルドミナントさせると、続くサビがBからの始まり(Cより半音低いキー)になってしまうのを事前に避けたのだと思います。ほんの10秒余りの場面なのに、文章にすると少しまどろっこしくなってしまいますが、荒井さんはこのあたりのことを、天賦のセンスと僅かな工夫で、自然にサラリとやっているのでしょう。
このようなセンスと工夫の重なりが、彼女の音楽の独特な空気感を生む理由の一つなのでしょうね。
【サビ】
ダブルドミナントで戻ったCからのサビとなり、「恋のスーパー~」と高らかなコーラスとなります。
ここではシンガース・スリー(クレジット表記)なるグループの女性ハーモニーが絡みますが、
70年代前半の雰囲気で、今思えば歌謡曲などでもこういう声色のコーラスを聞いたなと、
何か懐かしさすら感じます。
【ギターソロ~パーカスブリッジ】
2回目のサビ終わりから、途中、Cキーで鈴木茂氏のギターソロになります。
オブリガートのような抑制されたプレイですが、この音色はボトルネックのような奏法でしょうか。
ほんの4小節ですが、パーカッションのブリッジも面白い音色ですね。
実を言うと、私自身この曲はあまり好みではなかったのですが、
じっくり聴いてみると随所に興味深いものがありました。
次回は「空と海の輝きに向けて」
(予定)です。