朝日新聞の神奈川版に掲載されました
こんにちは。
たちばな秀徳です。
昨日の朝日新聞神奈川版に、私の記事が掲載されました。
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000151105180002
以下、引用いたします。
企画特集 1
【政経塾 30年のイズム】 中・議員の資質 磨いた「経営 感覚」
2011年05月18日
茅ケ崎市の臨海部では、松林の 陰から西洋の教会風の尖塔(せん とう)が垣間見える。高さ36 メートル。「黎明(れいめい)の 塔」と呼ばれるその建物は、松下 政経塾のシンボルだ。
市議選告示から3日後の4月2 0日。茅ケ崎市議の海老名健太朗 は塔をバックに選挙活動をしてい た。政経塾のある市南部が主な地 盤。「38歳完全無所属、地元松 下政経塾の出身です。一般財源か ら28億円を投入する市役所建て 替えには反対です。このお金で小 学校3年生までの医療費無料化 を」。住宅街の袋小路や空き地な どまで入り込み、訴えた。1期目 の19位当選から、2期目の今回 は3位当選と躍進した。
海老名は松下幸之助の「政治に経営感覚を」という言葉を重 視する。2007年の初当選以降、プールや公民館などの公共 施設にかかるコストを開示すべし、と議会で追及した。
◇
1988年冬、大阪の松下記念病院。入塾から半年が経った 相原高広は病床の幸之助を見舞った。
「松下さんは二大政党制が理想と言っているが今でもそう思 うか。自分はそう思わない」「あなたが自分で勉強しなさい。 思うところに従って研鑽(けんさん)しなさい」。弱々しく語 る言葉を聞き漏らすまいと身を乗り出した相原は「社会国家に 真摯(しんし)に向き合うのであれば、(幸之助に)疑問を投 げかける態度もありなのか」と感じた。相原は幸之助と接した 最後の世代になった。
相原は95年に新進党から31歳で県議に初当選。その後無 所属保守系会派に転じた。「多くの人は政治家を批判的に見て いる。納得してもらえるようなレベルに達する政治家になるこ とが自分なりの政治改革だ」。議会では県の労使交渉や職員給 与のあり方などの質問が多い。思いは同じく「政治に経営感覚 を」だ。
◇
民主党衆院議員の神山洋介(17区)と橘秀徳(13区) は、生命保険会社員と議員秘書という社会人経験を経て政経塾 に入塾した。忙しくて専門分野の研究が出来なかったジレンマ は、塾で解消された。「大いなる空虚な時間の中で、自分の関 心のあることを本当に突き詰めて考えることができた」と2人 は口をそろえる。
神山と橘はそれぞれ重点政策として安全保障と児童福祉問題 に取り組む。
◇
塾生の中には、問題を掘り下げる時間をかけず、卒塾前に選 挙に打って出る者もいる。「塾のイズム(主義)は一朝一夕で 学べない。看板だけもらって、薄っぺらな政策で選挙に出るの はどうか」と、あるOB議員は嘆く。
別のOBも語る。「塾出身で日の目を見ない人も大勢いる。 選挙に出たはいいけれど、落選している人がどうしているかは 分からないことも多い」。卒塾生のうち、浪人を含む「政治活 動中」と、進路不明を含む「その他」は合わせて全体の4分の 1。バラ色の未来が約束されているわけではない。
(敬称略)
たちばな秀徳です。
昨日の朝日新聞神奈川版に、私の記事が掲載されました。
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000151105180002
以下、引用いたします。
企画特集 1
【政経塾 30年のイズム】 中・議員の資質 磨いた「経営 感覚」
2011年05月18日
茅ケ崎市の臨海部では、松林の 陰から西洋の教会風の尖塔(せん とう)が垣間見える。高さ36 メートル。「黎明(れいめい)の 塔」と呼ばれるその建物は、松下 政経塾のシンボルだ。
市議選告示から3日後の4月2 0日。茅ケ崎市議の海老名健太朗 は塔をバックに選挙活動をしてい た。政経塾のある市南部が主な地 盤。「38歳完全無所属、地元松 下政経塾の出身です。一般財源か ら28億円を投入する市役所建て 替えには反対です。このお金で小 学校3年生までの医療費無料化 を」。住宅街の袋小路や空き地な どまで入り込み、訴えた。1期目 の19位当選から、2期目の今回 は3位当選と躍進した。
海老名は松下幸之助の「政治に経営感覚を」という言葉を重 視する。2007年の初当選以降、プールや公民館などの公共 施設にかかるコストを開示すべし、と議会で追及した。
◇
1988年冬、大阪の松下記念病院。入塾から半年が経った 相原高広は病床の幸之助を見舞った。
「松下さんは二大政党制が理想と言っているが今でもそう思 うか。自分はそう思わない」「あなたが自分で勉強しなさい。 思うところに従って研鑽(けんさん)しなさい」。弱々しく語 る言葉を聞き漏らすまいと身を乗り出した相原は「社会国家に 真摯(しんし)に向き合うのであれば、(幸之助に)疑問を投 げかける態度もありなのか」と感じた。相原は幸之助と接した 最後の世代になった。
相原は95年に新進党から31歳で県議に初当選。その後無 所属保守系会派に転じた。「多くの人は政治家を批判的に見て いる。納得してもらえるようなレベルに達する政治家になるこ とが自分なりの政治改革だ」。議会では県の労使交渉や職員給 与のあり方などの質問が多い。思いは同じく「政治に経営感覚 を」だ。
◇
民主党衆院議員の神山洋介(17区)と橘秀徳(13区) は、生命保険会社員と議員秘書という社会人経験を経て政経塾 に入塾した。忙しくて専門分野の研究が出来なかったジレンマ は、塾で解消された。「大いなる空虚な時間の中で、自分の関 心のあることを本当に突き詰めて考えることができた」と2人 は口をそろえる。
神山と橘はそれぞれ重点政策として安全保障と児童福祉問題 に取り組む。
◇
塾生の中には、問題を掘り下げる時間をかけず、卒塾前に選 挙に打って出る者もいる。「塾のイズム(主義)は一朝一夕で 学べない。看板だけもらって、薄っぺらな政策で選挙に出るの はどうか」と、あるOB議員は嘆く。
別のOBも語る。「塾出身で日の目を見ない人も大勢いる。 選挙に出たはいいけれど、落選している人がどうしているかは 分からないことも多い」。卒塾生のうち、浪人を含む「政治活 動中」と、進路不明を含む「その他」は合わせて全体の4分の 1。バラ色の未来が約束されているわけではない。
(敬称略)