前からちょくちょく思うことで、時々使う言葉あるんだ。それは「世界一」だ。世界一優しい人になるとか、世界一明るいとか、世界一頭が良いとか。

 仮に世界一優しい人がいたとして、その人は一体どういう人なんだろうと想像する。もちろん真面目に想像はするんだけど、俺の特性上ややおかしな方向になるのだが。

 ただ優しさというのは客観的に測定することは多分不可能だと思う。

 例えば、優しさを示す項目が100項目あるとして、10点満点にしてみる。そうすると1000点が満点になるので、数値化した場合には満点の人が世界一優しいということになるとする。

 しかしながら、ある人Aが世界一優しいという客観的な数値として定められたとしても、この評価を別の人がした場合、必ずしもAが世界一優しいという結果にはならないと思う。なぜなら人それぞれ他人に対する見方は変わるからだ。

 つまり、世界一ということを測定または評価することは現実的には無理だと思う。

 それじゃなんで俺が世界一優しい人になりたいかというと、自己満足に尽きる。

 世界一を決めるというのは、色んなスポーツや学問、将棋やチェスなどの盤上の試合、その他もろもろある。

 その大会、試合では優勝したら世界一という称号をもらえるわけだ。しかし、本当にそうだろうかと思う。

 試合には出場すらしていないけど、趣味程度で将棋をやっている人、絵を描いている人、ピアノを弾いている人はたくさんいると思う。その人達の中にはとてつもない技能を持っている人がいるんじゃないだろうか。

 そうだから、世界一という称号を得たからといっても実際世界一ではない可能性もあると思う。

 そんなわけだから、俺は何年かかるか分からないけど、世界から戦争を失くすつもりでいる。そのために学校の先生になる。子供たちに無料で勉強を教えて、社会改革をする。子供たちは守られなきゃいけない存在。出来れば美しいものだけを見て育ってほしい。そのために何ができるか挑戦する。

 壮大なんだけどそんなに難しいとは思わない。夢は叶うということを事実にしたい。

 今日もありがとう。またね〜。