なんか色々なことがあって、忙しくて、更新を怠っていました。今日は休みなので久しぶりの更新を。

4月に入って本をほとんど読んでいませんのでアニメ感想を。ていうか春アニメ数多すぎだろ。

15分アニメも含めて、前評判通りのものもあれば、ダークホースもいくつかあります。とりあえず今日はようやく最終回を迎えたまどかあたりから。

【まどかマギカ】


新作としては、やはり「いろは」、「あの花」ですね。

【花咲くいろは】


【あの花】
超絶神

そして、人気ゲーム原作のシュタインズゲート

【シュタインズゲート】
トゥットゥルー♪ 助手がよい。とてもよい。


ダークホースはタイガー&バニーでしたね。

【虎兎】
ありがとう。そして、ありがとう。

賛否両論ありますが、僕は「日常」のテンポもとても好きですね。

というわけで毎日毎日アニメばっか見てます。今期もほとんど見ているので、機会を改めて感想を述べます。


【追記】
とても親しくしていただいていた方が急逝されました。最初聞かされたとき、あまりにもショックが大きかったです。親しい人の死は身体の一部をもぎ取られるように苦しい。東北の方でも僕と同じような気持ちを抱いている方がたくさんおられるでしょう。その方々の気持ちをすべて理解できるなどとは言いませんが、悲しみを悲しみ抜いた先に、少しでも救いがあってくれればと思います。


【夢喰いメリー】
今週は目立った戦闘はなく、勇魚の身を案ずる周囲の人間たちの懊悩が描かれていました。河波さんの夢魔も何かすごい強そうでしたし、エルクレスでしたか、あいつも豪傑そうでしたね。来週はミストルティンとの戦いのようで楽しみです。


【放浪息子】
今まで知らなかったんですが、二鳥君役の声優さん、まだ14歳なんですってね。すごいなあ。どうりで何かリアリティもあるわけだ。小学生以来ぎくしゃくしていた関係が修復の兆しを見せています。しかし、決して元のままというわけにはいきません。あの3人の微妙な関係たまらんな。


【IS】
おお、戦闘アニメらしい展開に。しかし、今更どれだけの人間がそれを望んでいるのやら。噂によると2期があるとかないとか。まあ、すごく中途半端なとこで終わるし、あっても不思議じゃないかな。


【フラクタル】
ジブリに加えて、エヴァの匂いも漂い始めました。決して悪いアニメじゃないんだけどなあ。


【ほむら☆マギカ】
放映当初から考察されていた通りの展開にもかかわらず、これほどまでに評判が高いのはすごいことですね。僕も見ていて今日はうなりました。確かにこうして1話冒頭を眺めてみると、全然印象が違います。ほむらの切実な想いが画面から滲み出ていましたよ。30分にも満たない放映時間で、ほむらの人間像をあそこまで浮き彫りにできたのは圧巻かと。いや、思わずちょっとうるっと来ました。予告の台詞では、まどかがかなりきつい口調でしたが、あれがほむらに向けて発されたものだとすると、これはまた救われませんね。俄然、最終回の希望に期待です。


春アニメ『あの花』のPVが公開されました。すでにネタバレかましてますが、ああ、そういう系統のファンタジーか。EDがものすごい懐かしい曲ですが、この名曲使っちゃうと、何でもいい話になっちゃいます。
異常とは何か (講談社現代新書)/小俣 和一郎
¥777
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小俣和一郎(おまた わいちろう)さん、『異常とは何か』です。

【内容】
精神医学を根底から問い直す画期的論考!
人類は狂気とどう向き合ってきたか。自殺の主因を「うつ病」に求めていいのか。健康ブーム、アンチエイジング医学に潜む危険な兆候とは──〈異常〉と〈正常〉の線引きを歴史的に検証し、人間の精神とはなにかを改めて考える。

筆者の小俣さんは、精神科医。自身の数多くの精神疾患の臨床経験を基に、異常とは何か、さらにはそこから、ではその対概念である正常とは何か、について論じています。普段それらは互いに両極にあると考えられがちですが、果たしてそれらは本当に明確な対極関係(アンチノミー)にあるのか。異常と正常の2項対立への常識的な認識に疑義を唱えつつ論が進んでいきます。

古来、異常については、多くの思想家によって語られてきました。そもそも、「異常である」あるいは「狂気の状態にある」という事柄は長らく思想的な問題でした。つまり異常とは哲学的考察の対象だったのです。これらが病気であると考えられ、その正常=健康からの逸脱を治療し、人間本来の健やかな精神へと戻す。異常をそんな風に医学的観点から捉え出したのは、近代以降になってからです。そういうわけで今では、思想家と医者とが様々に異常について語るようになりました。それは異常という概念が実に様々な複合要因から成っていることを示しています。

これまで僕は、どちらかというと思想家の書いた著作に比重を置いて読んできたので、今回は読んだ際、すごく新鮮な感覚を覚えました。しかも、実際に医療に携わっている方が、結構赤裸々に現行医療の問題点や、恐らくは、現今の現場の考えとがそぐわない、言ってみれば少々ラディカルな見解を述べられている。その勇気には敬服しました。

異常の言語的歴史から、正常の過剰としての異常、さらにはナチスのホロコーストをめぐる社会と異常の関係。著者の主張が、コンパクトに簡潔にまとめられています。特には、やはりアウシュビッツをめぐる論考が目玉ですね。僕はアウシュビッツに関しては、教科書的な事実しか知りませんでしたから、かなり興味深く読みました。アウシュビッツという空間が極めて管理され統御された労働力を最大限に効率よく活用できる空間であったこと。そして、その効率性を維持するために、ガス室があったこと。関係者たちには何らの罪の意識がなかったこと。この罪意識の欠如に異常性が認められるかといえば、そうでもない。誰でも自己の職務に真面目に取り組んでいる場合、そこには罪の意識が入り込む余地などない。真面目に仕事をやることは褒められこそすれ、決して非難されることではありません。アウシュビッツ関係者はまさに生真面目すぎる使命感をもって働いていただけなのです。

自殺についても語られています。戦前は国のために自死することが美徳でったはずなのに、戦後になると急に自殺は悪いことだとされるのはなぜなのか。決して筆者は自殺を奨励しているわけではありませんが、この問いかけは正常と異常が実は容易に反転される可塑性(恐らくは危険性も孕んだ)を持っていることに気づかされます。

決して饒舌ではありませんが、とても具体的に論を進めてくれるのが、がちがちの思想家の文章とは違ってありがたかったですね。