
皆さんもご存知だと思いますが、私は神社・仏閣をお参りする事が大好きです
特に、仏像を観たり対峙すると落ち着き心が洗われます
と言う事で、今みたいな世の中だからこそ心(魂)を安らかに又、強く(成長)させる事ができる仏教の教えの話でもしようと思います

宗教の話は苦手と言う方はスルーして下さいね…
それでは

仏教には四無量心(しむりょうしん)と言う言葉が有ります。どう言う意味かと言いますと、他の生命に対する自他怨親なく平等で、過度の心配などのない、落ち着いた気持ちを持つことです。
又、無量というのは、心(魂)を限界なくどこまでも成長させることができることから言われます。
ちなみに四(無量)心とは、慈・悲・喜・捨の四つの事で…
慈…「慈愛」:人の幸せを願う心。
悲…「抜苦」:人の苦しみを除いてあげたいと思う心。
喜…「随喜」:相手の幸福を妬まず共に喜ぶ心。
捨…「浄捨」:人の恩や恨みなど一切を捨て相手を平等に愛する心。動揺しない落ち着いた心。
と言う事になります。
そして四無量心を元にした瞑想法があるのですが、興味の有る方の為に書いておきたいと思います

四無量心(慈・悲・喜・捨)による慈悲の瞑想法
下記に説明している言葉を唱えて念じていきます…
言葉は、静かに心にしみこんでいくように…丁寧に丹念に念じます。(声を出さなくてもかまいません)姿勢は背筋と頭をまっすぐにして、目は閉じて行って下さい
私は幸せでありますように
私の悩み苦しみがなくなりますように
私の願いごとがかなえられますように
私に悟りの光があらわれますように
まず最初に、自分自身に対して慈悲の心を作ります。どんな生命にとっても、一番大事で最優先されるのは自分自身であるというのは、当然のことですから…
まずそこは正直な心で「私は幸せでありますように」と念じます。
また、「幸せ」とはなにか?と深く考える必要はなく、幸せとは少なくとも良いことというくらいに大雑把でいいと思います。
次に「私の悩み苦しみ が無くなりますように」、「私の願いごとがかなえられますように」、そして一応仏教の教えの実践をしているので「私に悟りの光が現れますように」と念じます。
私の親しい人々も幸せでありますように
私の親しい人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の親しい人々の願いごとがかなえられますように
私の親しい人々に悟りの光りがあらわれますように
二番目に、自分の「親しい人々」が幸福になって欲しいという思いを込めて、その人達(自分の子供や両親、友人、身近な人々など)のことを同様に念じます。
私の嫌いな人々も幸せでありますように
私の嫌いな人々の悩み苦しみがなくなりますように
私の嫌いな人々の願いごとが叶えられますように
私の嫌いな人々にも悟りの光が現れますように
私を嫌っている人々も幸せでありますように
私を嫌っている人々の悩み苦しみがなくなりますように
私を嫌っている人々の願いごとがかなえられますように
私を嫌っている人々に悟りの光があらわれますように
三番目に、自分が嫌いな人、苦手な人のことを思い浮かべます。まず嫌いな人のいない人はいないはずですから、それらの人を心に思い浮かべ…
さらに続けて、自分のことを嫌っていると思われる人々のことを思い浮かべて、それらの人々も幸福になって欲しいという思いを込めて念じます。
生きとし生けるものが幸せでありますように
生きとし生けるものの悩み苦しみがなくなりますように
生きとし生けるものの願いごとがかなえられますように
生きとし生けるものに悟りの光があらわれますように
そして最後に、やはり全ての生命が幸福であったほうが一番有り難いことだと思い「生きとし生けるもの」全ての幸福を念じます。
以上です

日常の生活の中で時間を見つけては行ってみてはいかがでしょうか?
一番大切な事は持続して実践するということです。
絶えず持続して念じてみてください、そうすれば、自分の心が良い方に変わっていくことにきっと気づかれると思いますよ。
と長々とお付き合いくださりありがとうございます
